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君の体温は義務だった

第3章 体温

朝。
いつもより少し早く家を出た。

特別な理由はない。ただ、たまたま早く目が覚めただけだ。

いつもの階段。いつもの人の流れ。
スマホで今日の予定を確認しながら、ゆっくりと階段を上っていく。

その時だった。

上から誰かが降りてくる。
ぞろぞろとすれ違う人混みの向こうに、見覚えのある髪色が混じっていた。

一瞬、足が止まりかける。

……あれ。

白っぽい髪。少し長めの前髪。華奢な身体。
見間違いかと思った。

けれど、すれ違う直前。
その人が、ふっと顔を上げた。

視線が交わる。

「……あ。」

相手の瞳が、わずかに見開かれた。
俺の足も、完全に止まる。

ほんの一瞬。
周りの人間だけが、何事もなかったかのように横を流れていく。

三日前まで存在すら知らなかった人。
名前も、どこに住んでいるのかも知らない。

それなのに、一目で分かった。

19時、中央区ハグステーション3番。
識別番号 H-08341。

あの日、俺の腕の中で涙を零した男だ。

「……。」

周囲の通勤客が、立ち止まった俺を避けるように左右へと流れていく。
その雑踏の真ん中で、俺たちの時間だけがぽっかりと切り取られたみたいに止まっていた。

声をかけるべきなのか。
それとも、見知らぬ他人のフリをしてこのまま通り過ぎるべきなのか。

制度上の関係でしかない。ハグステーションを離れれば、ただの赤の他人に戻るはずだった。

けれど、彼の薄い唇が微かに震え、何かを言いかけるように開いた。

俺は無意識に、一段だけ階段を上り直していた。

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