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君の体温は義務だった

第3章 体温

心拍が跳ね上がっているわけでもない。
ストレス値が高いわけでもない。
体調が悪いわけでもない。
むしろ、少し気分がいいくらいだ。

ただ、名前も知らない人に笑いかけられたことを、何度も思い出している。
本当に、それだけ。

「……。」

自分自身の感情だけが、どうしても説明がつかない。
数字なら分かる。
データなら追える。
誤差だって計算できる。
なのに――たった一人の人間を思い出した時に胸の奥で起きる、この妙な変化だけは。
どの項目を見ればいいのかすら分からない。

「……感情推定AIより、俺の方が精度悪いんじゃないか。」

自分で言って、少し苦笑した。
自虐のつもりだった。……たぶん。

けれど、その瞬間にもまたあの柔らかい笑顔が浮かんできた。
今度は自分でもはっきり分かるくらい、口元が緩んでしまう。

「……駄目だな。」

仕事に戻ろう。
そう思って、キーボードに指を置く。

画面には、昨日まで何度も見返していた数字が並んでいる。
その数字の向こうには、誰かの感情がある。
誰かの不安がある。
誰かの孤独がある。

そして――もしかしたら。
数字では決して拾い上げられない『何か』もあるのかもしれない。

そんなことを考えながら、俺は再びログを開いた。
今週中に出すはずだったレポート。
まだ、明確な答えは出ていない。

でも。
今までとは少し違う角度から、データを見つめ直してみてもいいのかもしれない。

画面をスクロールする。
今度は、さっきより少しだけ真剣な眼差しで、静かに数字を追い始めた。

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