胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第8章 予期せぬ災難
泉水はゆっくりと首をめぐらせた。
どうやら、薄い夜具に寝かされているらしい。身体を起こそうとすると、身体の節々に痛みが走り、泉水は顔をしかめた。
「まだ動けやしねえよ。無茶をしちゃならねえぜ。何しろ、お前は丸五日もの間、眠りっ放しだったんだ」
「丸五日、眠りっ放し―、私が、ですか?」
愕いて訊ねると、男は真面目な顔で頷いた。
「ああ、お前、憶えちゃいねえのか? お前は五日前、町人町の大通りで荷車に轢かれちまったんだぜ。それから昏々と眠り続けて、医者にも半分見放されちまってたほど大変だったんだぞ」
「―」
泉水は眼を閉じた。あまり思い出したくはない光景が次々に眼裏に蘇る。
往来をこちらへ向かってもの凄い勢いで走ってくる荷車、烈しい馬の嘶き。荷車に体当たりしたときの衝撃、地面に叩きつけられた痛み。
「あ―」
泉水は思わず小さく首を振った。怖ろしさに今更ながらに身体が震える。
自分は、とんでもない事故に巻き込まれてしまったのだ。あれほどの惨事であれば、生命を失っていたとしても何の不思議はなかった。
よく助かったものだと思った。
「ありがとうございます。あなたが助けて下さったのですね?」
泉水が身体は動かさずに礼を言うと、男は笑った。
「俺も正直、この五日間、途中で何度も助からねえんじゃないかと思ったよ。まァ、医者の話では頭はさほど傷んでないから、万が良けりゃア助かるってことだったから、望みは捨ててはいなかったけどな。大変な目に遭って、災難だったな。全く、人通りの多い大通りをあんな滅茶苦茶な速さで馬を駆けさせるなんざア、気違い沙汰ってもんさ。あんな荷馬車にまともにぶつかっちまえば、生命が幾つあったって足りやしねえ。お前はつくづく運が良かったよ」
どうやら、男は荷車を引いていた男―正しくいえば馬を御していた男に腹を立てているようだ。
泉水は小さな声で言った。
「いえ、私が悪いんです。あんな天下の往来をぼうっとして歩いてたものだから。荷車がすぐ近くに来るまで、気付きもしなかったんです」
その言葉に、男が眼を剥いた。
どうやら、薄い夜具に寝かされているらしい。身体を起こそうとすると、身体の節々に痛みが走り、泉水は顔をしかめた。
「まだ動けやしねえよ。無茶をしちゃならねえぜ。何しろ、お前は丸五日もの間、眠りっ放しだったんだ」
「丸五日、眠りっ放し―、私が、ですか?」
愕いて訊ねると、男は真面目な顔で頷いた。
「ああ、お前、憶えちゃいねえのか? お前は五日前、町人町の大通りで荷車に轢かれちまったんだぜ。それから昏々と眠り続けて、医者にも半分見放されちまってたほど大変だったんだぞ」
「―」
泉水は眼を閉じた。あまり思い出したくはない光景が次々に眼裏に蘇る。
往来をこちらへ向かってもの凄い勢いで走ってくる荷車、烈しい馬の嘶き。荷車に体当たりしたときの衝撃、地面に叩きつけられた痛み。
「あ―」
泉水は思わず小さく首を振った。怖ろしさに今更ながらに身体が震える。
自分は、とんでもない事故に巻き込まれてしまったのだ。あれほどの惨事であれば、生命を失っていたとしても何の不思議はなかった。
よく助かったものだと思った。
「ありがとうございます。あなたが助けて下さったのですね?」
泉水が身体は動かさずに礼を言うと、男は笑った。
「俺も正直、この五日間、途中で何度も助からねえんじゃないかと思ったよ。まァ、医者の話では頭はさほど傷んでないから、万が良けりゃア助かるってことだったから、望みは捨ててはいなかったけどな。大変な目に遭って、災難だったな。全く、人通りの多い大通りをあんな滅茶苦茶な速さで馬を駆けさせるなんざア、気違い沙汰ってもんさ。あんな荷馬車にまともにぶつかっちまえば、生命が幾つあったって足りやしねえ。お前はつくづく運が良かったよ」
どうやら、男は荷車を引いていた男―正しくいえば馬を御していた男に腹を立てているようだ。
泉水は小さな声で言った。
「いえ、私が悪いんです。あんな天下の往来をぼうっとして歩いてたものだから。荷車がすぐ近くに来るまで、気付きもしなかったんです」
その言葉に、男が眼を剥いた。