胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第8章 予期せぬ災難
いかほど眠ったのだろう。
長い、長い夢を見ていたような気がする。
その間、ずうっと怖い夢の中を彷徨っていた。暗闇の中をずっと果てなく一人で歩いていく。いくら歩いても歩いても、泉水の周囲には無限の闇がひるがるばかりだった。
呼び声が遠くから聞こえてくる。誰だろう、深くて抑揚のある魅惑的な声。泉水の聞き慣れた、大好きな声だ。
戻らなければ、あの声の人の許に帰らなければならない。伝えなければならない。私はここにいる、この場所にいると。
ああ、誰でも良いから、この底なしの暗闇から私を助け出して欲しい。私を呼ぶあの人のところに連れていって欲しい。
早く、早く帰りたい。私を待っているあの人の許に。
あの人の声は確かに聞こえてくるのに、どうして姿が見えないのだろう。私は確かにあの声に向かって歩き続けているはずなのに、いつまで経っても、そこに辿り着くことができないのは、どうして―?
誰か伝えて、お願いだから、あの人に伝えて。私はここにいるから、心配しないで。そして、一日も早く、私を迎えにきて。
泉水は眼をゆっくりと開いた。
深い深い水底からふいにぽっかりと浮かび上がったときの感覚にも似ている。唐突に取り戻した意識は、広くて大きな背中に向けられた。
もしかして、この人こそが夢の中で求め続けたひとなのだろうか。
「あなたは―」
期待と戸惑いの混ざった心持ちで口の端に乗せた言葉に、大きな背中が振り向いた。
「おっ、気が付いたか?」
見たこともない男の顔だった。否、どこかで見たことがあるような気もする。
男は上背があり、陽に灼けた精悍な顔立ちをしていた。泉水のよく知る男に似ているようでもあり、全く似ていないようにも思えた。
男の顔にはあからさまな喜色が溢れていた。
「良かった、医者は五分五分だって言ってたたから」
「私を呼んでいたのは、あなたですか?」
問うと、男の顔に当惑の色がよぎった。
「あ、ああ?」
男は首を傾げながら、泉水の方ににじり寄った。
長い、長い夢を見ていたような気がする。
その間、ずうっと怖い夢の中を彷徨っていた。暗闇の中をずっと果てなく一人で歩いていく。いくら歩いても歩いても、泉水の周囲には無限の闇がひるがるばかりだった。
呼び声が遠くから聞こえてくる。誰だろう、深くて抑揚のある魅惑的な声。泉水の聞き慣れた、大好きな声だ。
戻らなければ、あの声の人の許に帰らなければならない。伝えなければならない。私はここにいる、この場所にいると。
ああ、誰でも良いから、この底なしの暗闇から私を助け出して欲しい。私を呼ぶあの人のところに連れていって欲しい。
早く、早く帰りたい。私を待っているあの人の許に。
あの人の声は確かに聞こえてくるのに、どうして姿が見えないのだろう。私は確かにあの声に向かって歩き続けているはずなのに、いつまで経っても、そこに辿り着くことができないのは、どうして―?
誰か伝えて、お願いだから、あの人に伝えて。私はここにいるから、心配しないで。そして、一日も早く、私を迎えにきて。
泉水は眼をゆっくりと開いた。
深い深い水底からふいにぽっかりと浮かび上がったときの感覚にも似ている。唐突に取り戻した意識は、広くて大きな背中に向けられた。
もしかして、この人こそが夢の中で求め続けたひとなのだろうか。
「あなたは―」
期待と戸惑いの混ざった心持ちで口の端に乗せた言葉に、大きな背中が振り向いた。
「おっ、気が付いたか?」
見たこともない男の顔だった。否、どこかで見たことがあるような気もする。
男は上背があり、陽に灼けた精悍な顔立ちをしていた。泉水のよく知る男に似ているようでもあり、全く似ていないようにも思えた。
男の顔にはあからさまな喜色が溢れていた。
「良かった、医者は五分五分だって言ってたたから」
「私を呼んでいたのは、あなたですか?」
問うと、男の顔に当惑の色がよぎった。
「あ、ああ?」
男は首を傾げながら、泉水の方ににじり寄った。