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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第1章 《槇野のお転婆姫》

 武家ではなく、その身なりからも裕福な商人の内儀と倅のように見える。女は泉水でさえハッとするほどの色香がある。けして美人ではないけれど、小股の切れ上がったというのか、男好きのする女であった。
「だから何度も申しておるであろう。ぶつかってきたのは、そちらなのだからな」
「ですから、ご無礼はこのとおりひらにご容赦下さいませと先刻から申し上げております」
 女が懸命な面持ちで言うと、男たちが顔を見合わせた。どうやら、彼等は旗本奴のようである。旗本奴とは、旗本の次男、三男坊が派手ななりをして我が物顔でのし歩く、要するに無頼の輩と何ら変わりない。歌舞伎役者を真似た派手な隈取りをした顔で到底正気では着られぬような派手な着物を着る。
 肩で風を切り町中をのし歩き、出くわした相手に因縁をつけ、金を強請り、女を犯すといった、やりたい放題し放題。旗本でも跡目を継ぐ長男は大切にされるが、次男以下は皆、部屋住みの居候で、どこかに婿にでもゆかぬ限りは一生厄介者扱いで終わる。そんな鬱屈が彼等をして、そんな愚かな行為に駆り立てるのだ。
 だが、そんなことは言い訳にはならない。
 人々の鼻つまみ者ではあったが、相手が仮にも直参の身分なので、町人は真っ向から逆らうわけにもゆかず、できるだけ関わり合いにならぬように務めるのが精一杯といった有様で、それが余計に彼等をのさばらせる結果となっている。
「女、お前は俺たちがどこの誰と知って、物を言ってるのか知ってるのか? 仮にもこちらにいるのは秋月(あきづき)隼人正(はやとのしよう)さまのご子息だぞ?」
 秋月隼人正の名は聞き憶えがある。父槇野源太夫の下で働く勘定吟味役であり、父も信頼している人物だ。その秋月隼人正の子息といえば、泉水が知るのは嫡子の知矩(とものり)のみで、この男ならば父親に似てなかなか見込みのある人物と聞く。であれば、今、ここにいる恥さらしは、その弟の一人か。
「たかだか町人風情が二度とそのような無礼な口がきけぬよう、これから思い知らせてやろうではないか」
 ひときわ背の高い男が言い、真ん中の若者が顎をしゃくった。長身の男の窺うような視線から察するに、真ん中の細面の男が秋月某らしい。

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