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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第15章 真(まこと)

「元気で大きくなるのよ? そして、幸せになってね。おっかさんも―、おはるさんも言ってた。遠くにいても、どこかでおつやちゃんの幸せを祈ってるって」
「本当? 本当に、おっかさんはそう言ってたのね」
 おつやの潤んだ眼が一瞬、希望に輝く。
「私も仏さまにお願いする。おっかさん、今は好きな男(ひと)と幸せに暮らしてるんでしょう? だったら、その幸せがずっと続きますように、おっかさんがずっと幸せでいられますようにってお祈りするわ」
 そう言ったおつやの言葉が、泉水の胸に痛かった。
 おともとおつやに話したことは大方は真実だけれど、ただ一つ、おはるが甚平店に暮らしているのだということだけは話さなかった。そんなに近くにいることを知れば、おつやが母親逢いたさに逢いにゆくとも限らない。二人には、おはるは遠方で惚れた男と所帯を持ち、穏やかに暮らしているのだと伝えた。
 泉水は、おつやを抱き寄せた。
 やわらかで少し力を込めれば壊れそうなほどの、小さな儚い温もりを力一杯抱きしめる。
―夢五郎さん。私、やっぱり、全部本当のことは言えなかった。
 泉水は心の中で、あの不思議な夢売りに話しかけていた。
 おはるは、あの時、最後まで、おつやに対する情のこもった科白は口にしなかった。ましてや、幸せになれなぞとは、ついぞ言わなかったのだ。
 それでもなお、泉水は、おつやに嘘をつかずにはいられなかった。ありのままの真実に含まれた、ほんの少しだけの嘘だった。
 ささやかな嘘をついた泉水を、夢五郎はどう思うだろうか。逢って訊いてみたいような気もする。
 泉水を取り巻く現(うつつ)の世界を、それこそ夢のように一瞬駆け抜けて、去っていった男であった。今日もまた、あの夢売りは江戸の町のどこかで、夢札を売り歩いているのだろう。

 その日を境に、泉水が闇の中ですすり泣く女の子の夢を見ることはなくなった。

★ 明日から第6話に入ります★

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