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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第15章 真(まこと)

「そう、でしたか。いえ、私どもも、この子が姉を探しているのではないかとは気付いておりました。ですが、下手に止めるよりは、気の済むようにさせておいて、当人が自然に諦めがつくまで、そっとしておいてやれば良いと、亭主とも話していたんです」
 すべてを聞き終えた後、おともは小さな声で言った。おはるとどことはなしに雰囲気が似ており、おとももなかなかの器量良しだ。
「大変、お手数をおかけ致しまして、申し訳もございませんです。子どもに恵まれない私どもにとっては、折角授かった子を置き去りにして家を出るなんて、信じられないことです。でも、姉も姉なりに必死だったんでしょう。義兄が思わぬ事故で急に亡くなってから、随分と苦労したようですから。私どもも助けてあげたくても、ご覧のとおりの貧乏所帯で何も力にはなれませんでした」
 おつやがこの家で可愛がられているというのは、真実のようだ。おともの口調には、おつやに対する愛情がこもっていた。
「こんなことを言っては何ですが、こうなってみて、私はかえって姉に感謝してるくらいです。私ども夫婦は、どうあっても子どもは望めないさだめなので、おつやちゃんが来てくれて、思いもかけず子を持ち育てる歓びを得ることが叶いました」
 おともは、淋しげに微笑んだ。亭主の治助は幼い頃の病気が因で、一生子どもは望めないのだという。おともはそのことを承知で、治助と所帯を持ったのだった。
 泉水は、おはるの現在の暮らしぶりについて、あらましを語った。おともの傍で、おつやもまたその話の一部始終を大人しく聞いていた。
 おともは、姉を非難もせず、格別に何も言わなかった。ただ、泉水に深々と頭を垂れ、礼を述べただけだった。そんな態度からも、おともの人柄が偲ばれた。
 おともに逢ったことで、泉水の確信は更に強まった。おとものような女が傍にいれば、おつやはけして哀しみと絶望に押し潰されることはない。
 夢五郎の言葉どおり、おつやは必ずこの現実を乗り越えてゆくに違いない。そして、おともと治助夫婦をいつか真の父母と慕うようになる日が来るだろう。そんな日が一日も早く来るようにと、泉水は心から祈らずにはおれない。
 表まで見送りに出てきたおつやに、泉水は微笑みかけた。

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