胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第16章 嵐
《其の壱―嵐―》
はるか彼方で呼び声を耳にしたような気がして、泉水は床の中で寝返りを打った。
「―お方さま、お方さま」
ゆっくりと覚醒してくる意識がはっきりとその声を捕らえる。その拍子に、眼を見開いた。
傍らを見ると、良人の泰雅は低い寝息を立てている。
「いかがした?」
泰雅を起こさぬように低声(こごえ)で訊ねると、襖の向こうから控え目な時橋の声が応えた。
「表よりご家老の脇坂さまがお見えでござりまする。何か殿に至急言上したいとのことにて」
「あい判った」
泉水が頷いた時、泰雅がゆっくりと上半身を起こした。
「何事か」
問うのに、泉水は時橋の言葉をそのまま伝える。
「脇坂どのが殿に急ぎのご用がおありだそうにござりまする」
「そうか」
小さく頷き、立ち上がる。
「話は表で聞くと伝えよ。泉水、俺はこれから表に戻る」
と、襖の向こうが俄にざわめき、当の家老脇坂倉之助の緊迫した声が響いた。
「殿、御寝中のところ、真にご無礼仕りますが、一刻も早くお伝え致したき儀がござります」
「うむ、構わぬ」
泰雅はそのまま襖をさっと開けて、寝所を出た。
「は、されば、つい先刻、江戸城より火急のお使者がお越しになり、上さまが昨夜、お倒れになったとの由」
「なに、上さまがお倒れになった?」
寝間の中にいる泉水には、襖越しに二人のやりとりが聞こえてくる。が、表情は見えなくとも、泰雅の声が緊張を孕んでいるのは判った。
「されば、上さまのご容態はいかに?」
「は、事は急を要することにて、殿にも一刻も早くご登城頂きたいとのことにござりまする」
「判った、すぐに登城するゆえ、支度を頼む」
「はっ」
脇坂と泰雅の声が次第に遠ざかってゆく。
はるか彼方で呼び声を耳にしたような気がして、泉水は床の中で寝返りを打った。
「―お方さま、お方さま」
ゆっくりと覚醒してくる意識がはっきりとその声を捕らえる。その拍子に、眼を見開いた。
傍らを見ると、良人の泰雅は低い寝息を立てている。
「いかがした?」
泰雅を起こさぬように低声(こごえ)で訊ねると、襖の向こうから控え目な時橋の声が応えた。
「表よりご家老の脇坂さまがお見えでござりまする。何か殿に至急言上したいとのことにて」
「あい判った」
泉水が頷いた時、泰雅がゆっくりと上半身を起こした。
「何事か」
問うのに、泉水は時橋の言葉をそのまま伝える。
「脇坂どのが殿に急ぎのご用がおありだそうにござりまする」
「そうか」
小さく頷き、立ち上がる。
「話は表で聞くと伝えよ。泉水、俺はこれから表に戻る」
と、襖の向こうが俄にざわめき、当の家老脇坂倉之助の緊迫した声が響いた。
「殿、御寝中のところ、真にご無礼仕りますが、一刻も早くお伝え致したき儀がござります」
「うむ、構わぬ」
泰雅はそのまま襖をさっと開けて、寝所を出た。
「は、されば、つい先刻、江戸城より火急のお使者がお越しになり、上さまが昨夜、お倒れになったとの由」
「なに、上さまがお倒れになった?」
寝間の中にいる泉水には、襖越しに二人のやりとりが聞こえてくる。が、表情は見えなくとも、泰雅の声が緊張を孕んでいるのは判った。
「されば、上さまのご容態はいかに?」
「は、事は急を要することにて、殿にも一刻も早くご登城頂きたいとのことにござりまする」
「判った、すぐに登城するゆえ、支度を頼む」
「はっ」
脇坂と泰雅の声が次第に遠ざかってゆく。