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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第19章 すれちがい

 その三日後の夜のことである。寝所で烈しい癇癪を起こしたあの夜以降、二日間、泰雅のお渡りはなかった。良人の気持ちが遠のいたのかもしれないというのに、泉水はその間、いつもよりはずっと寛いだ、安らかな心持ちで過ごした。このまま泰雅の訪れが途絶えたとしても、致し方ないとどこかで割り切った想いもあった。
 泉水が思い描くような愛し方や愛され方は所詮泰雅に理解しては貰えないだろう。ならば、このまま互いの心が離れてゆくのも仕方ないのかもしれない。
 むしろ、その哀しみよりは、これでもう二度と辛い務めをすることもないのだという安堵の方が大きかった。
 だが、三日目の夕刻になって、突如として表から先触れがあった。
「お方さま、殿が今宵お渡りになられるそうにございます」
 控えめに告げた時橋の顔を、泉水は信じられぬものでも見るかのような顔で茫然と見つめた。
「あ―」
 短く声を上げたきり、その大きな瞳に見る間に涙が盛り上がる。
「どうして」
 どうして泰雅はこのまま放っておいてくれないのだろう。そう、思った。
 泉水はそのまま畳に突っ伏した。か細い肩が小刻みに震えている。
「お方さま?」
 気遣うように呼ぶと、泉水が泣きながら訴えた。
「もう、いや。いやじゃ。私はいや。あんなことは二度としたくない」
「お方さま」
 何とか落ち着かせ宥めようとしてみても、泉水は珍しく聞き分けのない幼子のように烈しく首を振った。
「時橋、助けて。私を助けて。いやなの、私、いやなの―」
「お方さま、お鎮まり下さいませ」
 泣きじゃくる泉水を引き寄せ、幼い頃からよくそうしたようにポンポンと背中を叩くと、泉水は次第に泣き止んだ。
「それほどおいやなのであれば、御気色悪しきゆえとでも申し上げて、ご辞退してみましょうか?」
 時橋が泉水の心を思いやって言う。

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