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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第19章 すれちがい

 しかし、泉水はゆるりと首を振った。
「それでは、また、殿を怒らせてしまうことになる。そのことで、そなたにまでお咎めがあってはならぬ。良いのじゃ。私が今宵、お相手を致せば、それで良いのじゃ」
 泉水は白い指先で眼尻の涙をぬぐった。時橋でさえ、ハッとするほどの色香のあるその仕草は、人眼を引くには十分なほど艶めいていた。
 泉水は、もうどこから見ても立派な大人の女人であった。
 泉水には不本意だろうが、かつての〝お転婆姫〟は泰雅という男の手によって、匂いやかな大輪の花を開かせたのだ。瑞々しく匂いやかな娘盛りの美しさは男の心を惹き付けずにはいないだろうし、泰雅は泉水の豊満な身体に強い執着を抱いている。
 叶うものならば、これほどまでに嫌がるものを無理に夜伽をさせたくはなかったけれど、哀しいかな一使用人にすぎぬ乳母の分際でそこまで差し出た口出しはできない。口惜しいが、黙って見ているしかない時橋であった。
 その夜は、泉水にとっては辛いものになった。逢わなかった三日間の鬱憤を晴らすかのごとく、荒々しく容赦ない愛撫に、泉水は怯えた。
 泰雅は烈しい嵐となり泉水を翻弄する。泉水は心ない風に弄ばれる。荒れ狂う風に巻き上げられ、あてどなく漂い、幾度もその花びらを散らした。
 そして、泉水が最も傷ついたのは、泰雅の容赦ない責め苦ではない。泉水自身の思いがけぬ反応であった。荒ぶる風に欲しいままに翻弄される度、可憐な花は歓喜に身を震わせたのだ!
 それは、本当に予期せぬことであった。その夜の自分がいつもと、どこでどう違ったのすら判らない。ただ、ふと我に返れば、男の膝に大きく脚をひらいて座り、あられもなく腰をくねらせる女がいた。認めたくもないけれど、その淫らな女が自分だった―。
 泰雅の上にまたがり、媚態の限りを見せる泉水を泰雅は満足げな表情で見つめていた。その冷めた眼に浮かぶ暗い愉悦と情熱を見た時、泉水は眼前が真っ暗になった。
「い、いやーっ」
 烈しい恐慌状態に陥り、泣き叫びながら首を振り続けた。
「泉水、泉水ッ? しっかり致せ」
 泰雅がいくら呼んでも、泉水は泣くばかりであった。

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