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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第22章 散紅葉(ちるもみじ)

「俺はそなたを許さぬ。俺を裏切り、別の男とよろしくやっているなぞと―! 泉水、俺はこれでもお前を信じていたんだぞ? そなただけは信ずるに値する女だと思っていたのに、そなたまでもが俺を裏切った!!」
 凄まじい怒気を帯びた声で怒鳴る。
 これまで重ねてきた偽りの恋の中で、彼は何度も裏切られてきた。女は泰雅の気を引くためなら、平気で嘘を口にした。
 泰雅の側室として屋敷に迎えられようと懐妊したと言った女もいたし、たとえそこまではせずとも、大抵の女がいったん抱かれれば、泰雅の腕の中で心にもないことをいかにも真実(まこと)であるかのように甘えた口調で訴えたものだ。
「俺はお前だけは信じていた。大抵の女は俺の外見や地位だけを見ていたが、お前は違った。最初から、俺の内面を、生身の俺を見ていてくれた。なのに、お前は、俺の許を逃げ出しておきながら、こんなところまで来て、他(あだ)し男と深間になっていたんだな」
「違う、違います―! 先ほどから何度も申し上げておりますように、それは違うのです」
 泉水は懸命に言った。
「自分のしたことを正当化するつもりは毛頭ございません。確かに私のしたことは許されるべきものではないことも十分承知しております。でも、篤次さんとは本当に何でもないのです。それだけは信じて下さい」
「何が、どう違う? 申し開きがあるのなら、してみよ」
 泰雅が凄みを帯びた口調で言いながら、近づいてくる。泉水は無意識の中に後ずさった。
 美しい容貌が悪鬼のように歪み、凄惨な顔になっている。泉水の身体中に戦慄が走った。
 美しい鬼が片頬を歪めて間合いをつめて近寄ってくる。じりじりと追いつめられ、泉水はよろけて転んだ。
「あくまでシラを切るというのなら、そなたの身体に訊こう」
 転んだ泉水を泰雅はそのまま床に押し倒す。泉水は驚愕し、渾身の力で抗った。蹴り上げようとしても、のしかかられた身体は重く、手でどけようとしても片手で簡単に払われてしまう。
 泰雅は片手で泉水の肩を押さえ、もう一方の手で寝衣の襟許をくつろげようとする。泰雅が何をする気かは明らかだった。
「どうして、私を苦しめるのですか?」
 涙が滲む。

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