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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第22章 散紅葉(ちるもみじ)

 そんな泉水を泰雅は切なげに見つめた。
「そなたを苦しめるつもりなぞ、一切ない。ただ、そなたを愛しいという、この想いを押さえられぬのだ。な、判ってくれ、泉水」
 いつ今し方とは別人のような態度である。脅したり、優しくなったり、急に豹変するその変貌ぶりが、かえって怖ろしい。
 だが、泰雅のその科白は、幾ばくかの真実を含んでいたのである。泉水が失踪したその日から、泰雅は心当たりはすべて手を尽くして探させた。が、その中(うち)、泰雅は泉水が最早江戸にはいないのではないかと考えるようになった。泉水の父、勘定奉行槙野源太夫の力も借り、奉行所の同心や岡っ引きを総動員しても、泉水はついに発見されなかった。
 泰雅は愕然とした。自分がいつから、泉水にそれほど嫌われてしまったのか。以前のように打ち解けた表情や態度を見せることはなくなっていたし、夜伽を務めるのも嫌がっていたのは知っていたが、まさか逃げ出すほど疎まれているとは考えていなかった。惚れているだけに、裏切られた怒りは大きく、憎しみすら憶えた。
 泰雅は泉水を必要としているのだ。泉水でなければ、他の女では、最早満足はできなくなっている。身体だけではなく、心もまた、泉水という女を求め、欲しているのだ。泉水の豊かな胸のふくらみが恋しかった。
 泉水はどちらかといえば、美しいというよりは愛らしく、可憐だ。むろん、美しいには違いないが、大輪の花というよりは、野原の一輪の花といった可愛らしさがある。そのため、十八歳という年齢よりは幾分若く十五、十六ほどに見える。その外見の稚さからは想像もできない豊満な肢体は男を十分に歓ばせるものであった。
 淡い桃色の先端を持つ豊かなふくらみに顔を埋(うず)める時、泰雅は恍惚となる。その忘我のひとときが忘れられなかった。泉水の身体が恋しかった。泉水と過ごした幾つもの夜を思い起こし、淫事に耽って、めくるめくひとときに溺れた日々を思い返しては、悶々としていた。
 泉水の白い身体を思い浮かべただけで、身体の芯が灼けつくように疼く。そんな自分自身を持て余し、たまりかねて、屋敷内の若い腰元に夜伽をさせようと試みたこともあった。

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