
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第25章 杏子の樹の傍で
「何で、姐さんがこんなことをしてるんだよ? 伊左久の爺さんは何してるんだ。大きな腹で水汲みなんて、危ないじゃねえか。危なっかしくて、見ちゃあいられねえよ。どれ、かしてみな」
夢五郎は泉水から桶を奪うように引き取ると、桶に水を汲んだ。
満々と水を汲んだ桶を一旦地面に置き、泉水を見る。
「そう言やア、今日は珍しい客人を連れてきたんだぜ」
夢五郎がそう言って、顎で後ろをしゃくる。
つられるように、背後を見た泉水の眼が大きく見開かれた。
「時橋―」
気持ちが、想いが言葉にならない。江戸の榊原邸を出て以来、実に半年ぶりの再会であった。時橋は、泉水が生まれたときからずっと側近くに仕えてきた。こんなにも長い間、離れていたのは初めてのことだった。
「夢五郎さん、どうして―」
問いかけるまなざしで見つめると、夢五郎が照れたように笑った。
「少しでも、姐さんの力になればと思ってさ。この間から、姐さんの元旦那の屋敷の様子を少し探ってみたんだ。そうしたら、この女人のことが判ってね。姐さんの乳母だった人だっていうから、連れてきたんだよ」
初めの中は別れた良人の名前を告げなかった泉水だが、しばらくしてから、夢五郎だけには良人榊原泰雅の名を打ち明けている。
「時橋、そなた、娘の許に身を寄せていたのてはなかったの?」
訊ねると、時橋は首を振った。
「娘の許なぞに行っておりましたら、姫さまがお帰りになられたときにお出迎えができませんもの。それゆえ、私はずっと、あちらの榊原さまのお屋敷にお仕え致しておりました」
変わらぬ笑顔が懐かしい。泉水の眼に大粒の涙が溢れ出し、頬をころがり落ちる。
泉水が失踪した後、その乳母であった時橋への風当たりは強かったはずだ。なのに、泉水がいつ帰ってきても良いようにと、時橋は暇を取らなかったらしい。
「お久しうございます、姫さま」
かつて榊原の屋敷にいた頃は〝お方さま〟と呼んでいた時橋は、今は昔のように〝姫さま〟と呼ぶ。その優しさも心に滲みた。
「時橋ッ!」
泉水が駆け出す。
夢五郎は泉水から桶を奪うように引き取ると、桶に水を汲んだ。
満々と水を汲んだ桶を一旦地面に置き、泉水を見る。
「そう言やア、今日は珍しい客人を連れてきたんだぜ」
夢五郎がそう言って、顎で後ろをしゃくる。
つられるように、背後を見た泉水の眼が大きく見開かれた。
「時橋―」
気持ちが、想いが言葉にならない。江戸の榊原邸を出て以来、実に半年ぶりの再会であった。時橋は、泉水が生まれたときからずっと側近くに仕えてきた。こんなにも長い間、離れていたのは初めてのことだった。
「夢五郎さん、どうして―」
問いかけるまなざしで見つめると、夢五郎が照れたように笑った。
「少しでも、姐さんの力になればと思ってさ。この間から、姐さんの元旦那の屋敷の様子を少し探ってみたんだ。そうしたら、この女人のことが判ってね。姐さんの乳母だった人だっていうから、連れてきたんだよ」
初めの中は別れた良人の名前を告げなかった泉水だが、しばらくしてから、夢五郎だけには良人榊原泰雅の名を打ち明けている。
「時橋、そなた、娘の許に身を寄せていたのてはなかったの?」
訊ねると、時橋は首を振った。
「娘の許なぞに行っておりましたら、姫さまがお帰りになられたときにお出迎えができませんもの。それゆえ、私はずっと、あちらの榊原さまのお屋敷にお仕え致しておりました」
変わらぬ笑顔が懐かしい。泉水の眼に大粒の涙が溢れ出し、頬をころがり落ちる。
泉水が失踪した後、その乳母であった時橋への風当たりは強かったはずだ。なのに、泉水がいつ帰ってきても良いようにと、時橋は暇を取らなかったらしい。
「お久しうございます、姫さま」
かつて榊原の屋敷にいた頃は〝お方さま〟と呼んでいた時橋は、今は昔のように〝姫さま〟と呼ぶ。その優しさも心に滲みた。
「時橋ッ!」
泉水が駆け出す。
