
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第4章 《新たな始まり》
我ながら、実にらしくない科白だと思った。これまでの泰雅ならば、まず口にはせぬ科白だろう。むろん、以前の泰雅でも眼前で身投げしようとする女を見過ごしにはすまいが、助けたら助けたで、それをきっかけに口説くくらいのことはするに相違ない。
それが、まるで世を知り尽くした老人か坊さんのような説教じみた科白を囁いているのだから、人も変われば変わるものだ。
それでもなお、女は抵抗を続ける。そこで、泰雅は戦法を変えた。
「よし、それほどに死にたいと望むならば、俺はもう止めねえ。されど、今のまま逝かせるわけにはいかぬ。どのような事情があるのかは知らぬが、ここのところはひとまず辛抱して、身二つになるまで待て。赤ん坊が無事に生まれた後で、それでも気が変わっていねえというのなら、もう引き止めやしねえ。川に飛び込むなり首をくくるなり好きなやり方で死にな」
「―」
女の抵抗がぴたりと止んだ。
愕いたような瞳が泰雅を見つめていた。黒目がちな瞳には大粒の涙が浮かんでいる。色の白い、なかなかの美人である。
以前の泰雅なら、まず間違いなく、早々に恋の科白を囁いていたに相違ない。が、泰雅は、哀れなと思っただけであった。何の事情があるのかは知らないけれど、若い女が川に身を投げようとするには、よほどのなりゆきがあるのだろう。しかも、女は身重、産み月も近いときている。恐らくは身投げの理由もその辺りにあるのかもしれない。
これまで数知れぬ修羅場をかいくぐってきた泰雅には、そういったことは何とはなしに勘で判るのだ。泰雅の気を引きたさに孕んでもいない女が泰雅の子を身ごもっていると偽りを申し立てて迫ってきたこともあった。
いずれにしても、若気の至りといったやつだ。それにしても、自分の子を身ごもった女をこうまで追い込んだ男を許せない。自らが撒いた種は自分で刈り取る―それだけの勇気と責任感を持ち合わせていないのならば、せめてそうならない前に気をつければ良いのだ。
少なくとも、泰雅は幾人もの女を抱いてはきたが、そういったことだけには気をつけてきた。それが男として、人としての最低の義務だと思ったからだ。ゆえに、泰雅が知る限り、遊び人の彼に隠し子がいるなぞという話しは聞いたことがない。
それが、まるで世を知り尽くした老人か坊さんのような説教じみた科白を囁いているのだから、人も変われば変わるものだ。
それでもなお、女は抵抗を続ける。そこで、泰雅は戦法を変えた。
「よし、それほどに死にたいと望むならば、俺はもう止めねえ。されど、今のまま逝かせるわけにはいかぬ。どのような事情があるのかは知らぬが、ここのところはひとまず辛抱して、身二つになるまで待て。赤ん坊が無事に生まれた後で、それでも気が変わっていねえというのなら、もう引き止めやしねえ。川に飛び込むなり首をくくるなり好きなやり方で死にな」
「―」
女の抵抗がぴたりと止んだ。
愕いたような瞳が泰雅を見つめていた。黒目がちな瞳には大粒の涙が浮かんでいる。色の白い、なかなかの美人である。
以前の泰雅なら、まず間違いなく、早々に恋の科白を囁いていたに相違ない。が、泰雅は、哀れなと思っただけであった。何の事情があるのかは知らないけれど、若い女が川に身を投げようとするには、よほどのなりゆきがあるのだろう。しかも、女は身重、産み月も近いときている。恐らくは身投げの理由もその辺りにあるのかもしれない。
これまで数知れぬ修羅場をかいくぐってきた泰雅には、そういったことは何とはなしに勘で判るのだ。泰雅の気を引きたさに孕んでもいない女が泰雅の子を身ごもっていると偽りを申し立てて迫ってきたこともあった。
いずれにしても、若気の至りといったやつだ。それにしても、自分の子を身ごもった女をこうまで追い込んだ男を許せない。自らが撒いた種は自分で刈り取る―それだけの勇気と責任感を持ち合わせていないのならば、せめてそうならない前に気をつければ良いのだ。
少なくとも、泰雅は幾人もの女を抱いてはきたが、そういったことだけには気をつけてきた。それが男として、人としての最低の義務だと思ったからだ。ゆえに、泰雅が知る限り、遊び人の彼に隠し子がいるなぞという話しは聞いたことがない。
