
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第4章 《新たな始まり》
泰雅はふと顔を上げ、泉水を見た。
「だが、死にたいなんて言葉は、こういうときにはふさわしくねえな。冗談でも、死にたいだなんぞ言わねえでくれよ、泉水。そなたがいなくなったこの世なんぞ考えただけでも、俺の方が空恐ろしくなっちまう」
真顔で言う良人に、泉水はかすかに笑った。
「私は殿をお一人にはしません。だって、私がいなくなったら、殿はまた別の女のひとを好きになるのでしょう? 私はそんなのいやですもの。殿にはずっと私だけを見ていて頂きたいから」
「愛いことを申す奴だ」
泰雅が泉水を抱き寄せる。きつく抱きしめられ、泉水は苦しげにあえいだ。それさえも泰雅には刺激になるらしく、泰雅と泉水ははそれから狂おしいまでの烈しい口づけを幾度も交わし、そのまま再び何度目かの愛の営みに我を忘れていった。
ひとときの嵐が通り過ぎた後、泰雅が何を思ったのか、泉水に問うた。
「なあ、泉水。女が死にたいほど思い詰めるときってどんな場合だろう?」
「え?」
泉水は突然に予期せぬことを問われ、戸惑いの表情を浮かべた。
泰雅は天井を見つめたまま、裸の逞しい上半身に泉水を引き寄せる。泰雅の胸に顔を伏せた泉水の耳に、規則正しい鼓動の音が聞こえた。
「それはー私にはよく判りませぬ。私は本気で死にたいと考えたことなぞございませぬゆえ」
泉水は何故、泰雅がこのような問いを口にするのか不思議に思った。泰雅が先刻、泉水に“死ぬという言葉を使うな”と言ったように、確かに夫婦の寝物語には不吉で禍々しずきる。
「では、問いを変えよう。女に死にたいと思わせるほどの悩み事の原因とは何であろうな」
これにも泉水は応えられなかった。
「そうか」
泰雅はあっさりと頷くと、それきりその話題は持ち出さなかった。一糸まとわぬ泉水の背に手を回し、空いた方の手で手枕をしている。静かな、満ち足りたひとときである。泉水の耳には相変わらず、泰雅の心臓の音が響いてきた。
「だが、死にたいなんて言葉は、こういうときにはふさわしくねえな。冗談でも、死にたいだなんぞ言わねえでくれよ、泉水。そなたがいなくなったこの世なんぞ考えただけでも、俺の方が空恐ろしくなっちまう」
真顔で言う良人に、泉水はかすかに笑った。
「私は殿をお一人にはしません。だって、私がいなくなったら、殿はまた別の女のひとを好きになるのでしょう? 私はそんなのいやですもの。殿にはずっと私だけを見ていて頂きたいから」
「愛いことを申す奴だ」
泰雅が泉水を抱き寄せる。きつく抱きしめられ、泉水は苦しげにあえいだ。それさえも泰雅には刺激になるらしく、泰雅と泉水ははそれから狂おしいまでの烈しい口づけを幾度も交わし、そのまま再び何度目かの愛の営みに我を忘れていった。
ひとときの嵐が通り過ぎた後、泰雅が何を思ったのか、泉水に問うた。
「なあ、泉水。女が死にたいほど思い詰めるときってどんな場合だろう?」
「え?」
泉水は突然に予期せぬことを問われ、戸惑いの表情を浮かべた。
泰雅は天井を見つめたまま、裸の逞しい上半身に泉水を引き寄せる。泰雅の胸に顔を伏せた泉水の耳に、規則正しい鼓動の音が聞こえた。
「それはー私にはよく判りませぬ。私は本気で死にたいと考えたことなぞございませぬゆえ」
泉水は何故、泰雅がこのような問いを口にするのか不思議に思った。泰雅が先刻、泉水に“死ぬという言葉を使うな”と言ったように、確かに夫婦の寝物語には不吉で禍々しずきる。
「では、問いを変えよう。女に死にたいと思わせるほどの悩み事の原因とは何であろうな」
これにも泉水は応えられなかった。
「そうか」
泰雅はあっさりと頷くと、それきりその話題は持ち出さなかった。一糸まとわぬ泉水の背に手を回し、空いた方の手で手枕をしている。静かな、満ち足りたひとときである。泉水の耳には相変わらず、泰雅の心臓の音が響いてきた。
