
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第32章 変化(へんげ)
「いいえ、奥方さま。どうか、最後までお聞き下さりませ。奥方さまをお迎えになられてからの殿は、我々も愕くほどのお変わり様であられました。これまで顧みることさえなかった政務に意欲的に打ち込まれ、これで先代の殿もいかばかりお歓びかと重臣一同胸を撫で下ろした次第にござりました。さりながら、折角、良き領主として前向きに進もうとしておられる殿を、今度は奥方さまが絶望の中に陥れようとなさっておられます。どうか、殿の切ないお心をおくみとりになっては頂けませぬか。殿は長き年月、奥方さまただお一人をお想いになられていらっしゃったのです。もし、奥方さまがこのまま殿を拒絶なさり続けるならば、今度こそ、殿は真に駄目になってしまわれるやもしれませぬ」
「殿には新しいお方がおできになられた。今更、私などがしゃしゃり出る必要はなかろう」
泉水が呟くと、脇坂の声が大きくなった。
「奥方さまは、何も判っておいでではない。いや、敢えてご理解なさっておられぬ風を装っておられるだけなのか。奥方さま、お千紗の方なぞ、所詮は奥方さまの身代わりにすぎませぬぞ。お千紗の方の面差しは、奥方さまに愕くほど似ておわします。お千紗の方にはお気の毒にございますが、殿は何もお千紗の方ご当人を必要とされておられるのではない。もし奥方さまが殿とおん仲睦まじうお過ごしであらば、あのような小娘に殿のお手が付くことなぞ金輪際なかったに相違ござりませぬ。殿は奥方さまの面影を求めるあまり、お千紗の方をあのようにご寵愛なされておられるのです。いずれは、遅かれ早かれ、殿のお心は、お千紗の方から離れてゆくことになりましょう」
泉水は押し黙った。
所在なげに視線を泳がせている中に、こらえていた涙が溢れ出し、頬をつたう。
「奥方さま、どうか殿のお心をおくみとりになって下さりませ」
脇坂はその場にひれ伏した。
「脇坂どの、殿と私はもう駄目なのじゃ。そなたの殿やこの家を思う気持ちは、私にもよう判る。されど、いかにしても、元には戻らぬ」
紫陽花の花の色が滲む。
泉水は涙が頬を流れ落ちるに任せながら、庭を見ていた。
そう、いくら忠臣脇坂が懇願してみたところで、泰雅と我が身を隔てる深き溝がなくなることはない。もう、自分たちは駄目なのだ。
「殿には新しいお方がおできになられた。今更、私などがしゃしゃり出る必要はなかろう」
泉水が呟くと、脇坂の声が大きくなった。
「奥方さまは、何も判っておいでではない。いや、敢えてご理解なさっておられぬ風を装っておられるだけなのか。奥方さま、お千紗の方なぞ、所詮は奥方さまの身代わりにすぎませぬぞ。お千紗の方の面差しは、奥方さまに愕くほど似ておわします。お千紗の方にはお気の毒にございますが、殿は何もお千紗の方ご当人を必要とされておられるのではない。もし奥方さまが殿とおん仲睦まじうお過ごしであらば、あのような小娘に殿のお手が付くことなぞ金輪際なかったに相違ござりませぬ。殿は奥方さまの面影を求めるあまり、お千紗の方をあのようにご寵愛なされておられるのです。いずれは、遅かれ早かれ、殿のお心は、お千紗の方から離れてゆくことになりましょう」
泉水は押し黙った。
所在なげに視線を泳がせている中に、こらえていた涙が溢れ出し、頬をつたう。
「奥方さま、どうか殿のお心をおくみとりになって下さりませ」
脇坂はその場にひれ伏した。
「脇坂どの、殿と私はもう駄目なのじゃ。そなたの殿やこの家を思う気持ちは、私にもよう判る。されど、いかにしても、元には戻らぬ」
紫陽花の花の色が滲む。
泉水は涙が頬を流れ落ちるに任せながら、庭を見ていた。
そう、いくら忠臣脇坂が懇願してみたところで、泰雅と我が身を隔てる深き溝がなくなることはない。もう、自分たちは駄目なのだ。
