
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第33章 儚い恋
と、これは、もう殆ど日課とかした痴話喧嘩となる。喧嘩とはいっても、けして互いに本気で罵り合っているわけではなく、気心を許せる間柄だこそ、できる他愛ない言葉のやりとりであった。
だが、このときだけは、兵庫之助は急に真顔になって言った。
―そんなことはない。
―え?
思わず訊き返した泉水に、兵庫之助は柄にもなくうす紅くなりながら言った。
―今の泉水は十分、きれいだ。もう、どこから見ても男なんかにゃ見えねえ、立派な女だよ。
賞め方にいささか問題はあるような気はするけれど、これが、この感情表現の苦手な不器用な男の精一杯の賞め言葉なのだと判った。
―ありがとうございます。
素直に言った泉水を兵庫之助は一瞬、眩しげに見つめ。
―そのように礼を言われるようなことは何も申してはいない。
ますます紅くなりながら、プイとそっぽを向いた。
といった具合で、兵庫之助との日々は賑やかに過ぎてゆく。このひと月というもの、毎日がそんな感じだった。
その夜の夕飯は泉水の当番であった。大根の煮物と焼き魚、飯と泉水の手料理が飯台に並び、いつものように向かい合って食べ、片付けを終えた後、泉水は内職にかかり、兵庫之助は依頼された書状を書くために文机に向かう。泉水は内職の方にひと段落ついたゆえ、兵庫之助の袴の綻びを直していた。一刻ほどそれぞれの仕事に精を出した頃、泉水が傍らの兵庫之助に遠慮がちに声をかけた。
「兵庫之助さま、お疲れではないですか? お茶でも淹れましょうか」
その声に、兵庫之助が筆を止め、ふと振り向く。
「いや、お茶はもう良いよ。根を詰めすぎちまったせいか、眼が疲れてしようがねえ。今夜はこれで止める」
兵庫之助は片手でトントンと自分の肩を叩いて苦笑する。
「そう、ですか。代わりのきかないお身体です。大切になさって下さいね」
泉水は微笑むと、繕い終えたばかりの袴を差し出した。
「裾と、膝の辺りが少し破れていたので、直しておきました」
だが、このときだけは、兵庫之助は急に真顔になって言った。
―そんなことはない。
―え?
思わず訊き返した泉水に、兵庫之助は柄にもなくうす紅くなりながら言った。
―今の泉水は十分、きれいだ。もう、どこから見ても男なんかにゃ見えねえ、立派な女だよ。
賞め方にいささか問題はあるような気はするけれど、これが、この感情表現の苦手な不器用な男の精一杯の賞め言葉なのだと判った。
―ありがとうございます。
素直に言った泉水を兵庫之助は一瞬、眩しげに見つめ。
―そのように礼を言われるようなことは何も申してはいない。
ますます紅くなりながら、プイとそっぽを向いた。
といった具合で、兵庫之助との日々は賑やかに過ぎてゆく。このひと月というもの、毎日がそんな感じだった。
その夜の夕飯は泉水の当番であった。大根の煮物と焼き魚、飯と泉水の手料理が飯台に並び、いつものように向かい合って食べ、片付けを終えた後、泉水は内職にかかり、兵庫之助は依頼された書状を書くために文机に向かう。泉水は内職の方にひと段落ついたゆえ、兵庫之助の袴の綻びを直していた。一刻ほどそれぞれの仕事に精を出した頃、泉水が傍らの兵庫之助に遠慮がちに声をかけた。
「兵庫之助さま、お疲れではないですか? お茶でも淹れましょうか」
その声に、兵庫之助が筆を止め、ふと振り向く。
「いや、お茶はもう良いよ。根を詰めすぎちまったせいか、眼が疲れてしようがねえ。今夜はこれで止める」
兵庫之助は片手でトントンと自分の肩を叩いて苦笑する。
「そう、ですか。代わりのきかないお身体です。大切になさって下さいね」
泉水は微笑むと、繕い終えたばかりの袴を差し出した。
「裾と、膝の辺りが少し破れていたので、直しておきました」
