
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第34章 涙
「実は、あっしもあれから色々と調べてみましてね」
勘七は勧められもしないのに、勝手に上がり框に座り込んだ。
「マ、亡くなられた秋月の旦那についても調べさせて貰いやした。お内儀さん、旦那は昔、旗本奴をしていた時分があったんですね?」
念を押すように訊ねてはいるが、凄腕と噂される親分のことだ、とうに調べはついているのだろう。二日前、初めて逢ったときは〝奥方〟と呼んでいたのが今日は〝お内儀さん〟に変わっている。しかし、大身旗本の内室ならばともかく、旗本とはいえ部屋住みの四男坊の妻―しかも正式なものではなく内縁の妻ともなれば、その呼び名の方がふさわしい。
だが、勘七の話にも泉水はまるで関心を示す様子はなく、あらぬ方をボウと見つめている。勘七はそんな泉水をちらと一瞥し、額から流れる汗を忌々しそうに手でぬぐった。
「こんなこたァ言いたかねえが、その頃の秋月の旦那のあれこれを聞いて、あっしは旦那がやはり怨恨絡みで何者かに殺られちまったんだと思ったんですよ」
その時、初めて泉水の表情が動いた。
蒼白い顔を勘七の方にひたと向けた。
「では、親分は、うちの人が旗本奴であったがゆえに、他人さまの恨みを買い殺された、と?」
泉水の心の奥底に怒りの焔が灯った。違う、兵庫之助はそんな男ではない。確かに六年前、泉水と知り合ったばかりの頃は旗本奴であり、似たような境遇の旗本の次男坊たちと徒党を組み、大勢の人々に迷惑をかけていた。だが、今の兵庫之助はけして他人から恨まれる―しかも殺害されるほどの悪事をしていない。それに、たとえ無頼の輩であった時代を考えてみても、あれほどまでに酷い殺され様をしなければならないほどのことをしでかしているとは考えられなかった。
勘七は勧められもしないのに、勝手に上がり框に座り込んだ。
「マ、亡くなられた秋月の旦那についても調べさせて貰いやした。お内儀さん、旦那は昔、旗本奴をしていた時分があったんですね?」
念を押すように訊ねてはいるが、凄腕と噂される親分のことだ、とうに調べはついているのだろう。二日前、初めて逢ったときは〝奥方〟と呼んでいたのが今日は〝お内儀さん〟に変わっている。しかし、大身旗本の内室ならばともかく、旗本とはいえ部屋住みの四男坊の妻―しかも正式なものではなく内縁の妻ともなれば、その呼び名の方がふさわしい。
だが、勘七の話にも泉水はまるで関心を示す様子はなく、あらぬ方をボウと見つめている。勘七はそんな泉水をちらと一瞥し、額から流れる汗を忌々しそうに手でぬぐった。
「こんなこたァ言いたかねえが、その頃の秋月の旦那のあれこれを聞いて、あっしは旦那がやはり怨恨絡みで何者かに殺られちまったんだと思ったんですよ」
その時、初めて泉水の表情が動いた。
蒼白い顔を勘七の方にひたと向けた。
「では、親分は、うちの人が旗本奴であったがゆえに、他人さまの恨みを買い殺された、と?」
泉水の心の奥底に怒りの焔が灯った。違う、兵庫之助はそんな男ではない。確かに六年前、泉水と知り合ったばかりの頃は旗本奴であり、似たような境遇の旗本の次男坊たちと徒党を組み、大勢の人々に迷惑をかけていた。だが、今の兵庫之助はけして他人から恨まれる―しかも殺害されるほどの悪事をしていない。それに、たとえ無頼の輩であった時代を考えてみても、あれほどまでに酷い殺され様をしなければならないほどのことをしでかしているとは考えられなかった。
