
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第35章 哀しみの果て
《巻の弐―哀しみの果て―》
深閑とした広い座敷の中、ひそやかな衣ずれの音が艶めかしく這う。絹の夜具に仰向けに横たわった男は泰雅―、その膝の上に座った女の唇から妖艶な吐息が洩れ出る。
男の手が女の豊満な乳房を揉みしだくと、女が小さな悲鳴を上げる。その唇を男は更に熱い唇で塞いだ。悲鳴が呑み込まれ、くぐもった声が艶めかしく響いた。揉み合うようにして夜具に倒れ込み、男と女は一糸まとわぬ姿で絡み合う。二人は夜中、焔のような情熱に包み込まれ、愛し合った。
泰雅が表に帰った後、泉水は腰元の介添えで顔を洗い、化粧を済ませる。鏡に向かった泉水の髪を腰元が丁寧に梳る。とはいっても、いまだ還俗して五ヵ月にしかならぬ泉水の髪は漸く耳の下辺りまで生え揃ったばかりだ。普段は髢(かもじ)を付けているが、まだまだ地毛で髪を結える長さには達していない。
髢(かもじ)をつけ、身支度を調えた頃に朝餉が運ばれてくるが、半分以上は残すことは珍しくない。腰元が殆ど手つかずの膳を下げた後、泉水は何をするでもなくボウとして刻を過ごす。榊原の屋敷に戻って以来、既に半月になる。三ヵ月ぶりに突如として帰還した当主夫人を誰もが愕いて迎えた。
人妻、しかも直参の内室という立場にありながら、出奔、今日までゆく方知れずであったのだ。その間、どこで何をしていたものか知れたものではなく、当然ながら、その儀について詮議がなされるべきであり、それ相応の処分が下されるべきであった。
以前にも泉水は一度、勝手に屋敷を出て、実に四年もの間、ゆく方知れずであったことがある。
―いかにお世継のご生母であられるとはいえ、奥方さまのおふるまいは、あまりにも身勝手であり、榊原家のご内室としてのお立場をわきまえられないものだ。
事実、重臣の中には奥方を実家(さと)方に戻す、つまり離縁してはと主張する者もいた。
しかし、肝心の良人である泰雅がその件については不問にしてしまったので、表立って異を唱える者はいなかった。それでなくとも、酒に溺れ日に日に尋常さを失ってゆく泰雅に真っ向から意見できる勇気のある者などいない。もし機嫌を損じれば、その場で斬り捨てられるからだ。
深閑とした広い座敷の中、ひそやかな衣ずれの音が艶めかしく這う。絹の夜具に仰向けに横たわった男は泰雅―、その膝の上に座った女の唇から妖艶な吐息が洩れ出る。
男の手が女の豊満な乳房を揉みしだくと、女が小さな悲鳴を上げる。その唇を男は更に熱い唇で塞いだ。悲鳴が呑み込まれ、くぐもった声が艶めかしく響いた。揉み合うようにして夜具に倒れ込み、男と女は一糸まとわぬ姿で絡み合う。二人は夜中、焔のような情熱に包み込まれ、愛し合った。
泰雅が表に帰った後、泉水は腰元の介添えで顔を洗い、化粧を済ませる。鏡に向かった泉水の髪を腰元が丁寧に梳る。とはいっても、いまだ還俗して五ヵ月にしかならぬ泉水の髪は漸く耳の下辺りまで生え揃ったばかりだ。普段は髢(かもじ)を付けているが、まだまだ地毛で髪を結える長さには達していない。
髢(かもじ)をつけ、身支度を調えた頃に朝餉が運ばれてくるが、半分以上は残すことは珍しくない。腰元が殆ど手つかずの膳を下げた後、泉水は何をするでもなくボウとして刻を過ごす。榊原の屋敷に戻って以来、既に半月になる。三ヵ月ぶりに突如として帰還した当主夫人を誰もが愕いて迎えた。
人妻、しかも直参の内室という立場にありながら、出奔、今日までゆく方知れずであったのだ。その間、どこで何をしていたものか知れたものではなく、当然ながら、その儀について詮議がなされるべきであり、それ相応の処分が下されるべきであった。
以前にも泉水は一度、勝手に屋敷を出て、実に四年もの間、ゆく方知れずであったことがある。
―いかにお世継のご生母であられるとはいえ、奥方さまのおふるまいは、あまりにも身勝手であり、榊原家のご内室としてのお立場をわきまえられないものだ。
事実、重臣の中には奥方を実家(さと)方に戻す、つまり離縁してはと主張する者もいた。
しかし、肝心の良人である泰雅がその件については不問にしてしまったので、表立って異を唱える者はいなかった。それでなくとも、酒に溺れ日に日に尋常さを失ってゆく泰雅に真っ向から意見できる勇気のある者などいない。もし機嫌を損じれば、その場で斬り捨てられるからだ。
