
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第34章 涙
あの男と自分は、やはり前世からの並々ならぬ因縁で結ばれているに相違ない。めぐり逢い、恋に落ち、憎しみの焔に二人して灼き尽くされ、共に煉獄に堕ちる―、二人がひとたびは愛し合いながらも、けして相容れぬさだめの渦に巻き込まれてしまったことすら、すべては御仏のなせる業(わざ)であったのだろうか。
それでも。
そのような酷い運命が二人にあらかじめ用意されていたのだとすれば。
泉水はやはり、その行く先を自分自身の眼で見届けねばならないだろう。河がやがては大海へと注ぐように、我が身のさだめが一体どこに向かって流れ着くのかを見極めねばならない。
―ただ運命に流されるだけではなく、その先に待ち受けるものをこの眼で見届けるのだ!
かつて次々と試練が降りかかってくる自分自身を叱咤し、鼓舞したように泉水は今もまた、己れをそう励ます。
宿命という波が迫っている。
泉水はそのことを膚でひしひしと感じ取っていた。
泉水は下駄を履くと、そのまま外に出た。
心から愛した男と至福の日々を過ごした場所だった。たった三月の短い間だったけれど、生まれて初めて男を愛し、この男ならば共に生きてゆけると確信できたひとだった。
自分はまさに、この三月を過ごすためだけに生まれ、これまで生きてきた。そう思えるほどに、密度の濃い、確かに生きていたと実感できる日々であった。兵庫之助こそが、泉水の生涯にただ一人の男であったのだ。
もう、二度とここに帰ることはあるまい。
泉水は人生至福の日々を過ごした場所を改めて感慨を込めて眺めた。
昼と夜のあわいで、町は薄鼠(うすねず)色に沈みかけている。
―死んでも良い。
迷いもなく、怖れもなく胸は今、不思議なほどに澄んだ心持ちであった。
泉水は揺るぎなき決意を秘め、夜の巷間に静かに、歩み出した。
それでも。
そのような酷い運命が二人にあらかじめ用意されていたのだとすれば。
泉水はやはり、その行く先を自分自身の眼で見届けねばならないだろう。河がやがては大海へと注ぐように、我が身のさだめが一体どこに向かって流れ着くのかを見極めねばならない。
―ただ運命に流されるだけではなく、その先に待ち受けるものをこの眼で見届けるのだ!
かつて次々と試練が降りかかってくる自分自身を叱咤し、鼓舞したように泉水は今もまた、己れをそう励ます。
宿命という波が迫っている。
泉水はそのことを膚でひしひしと感じ取っていた。
泉水は下駄を履くと、そのまま外に出た。
心から愛した男と至福の日々を過ごした場所だった。たった三月の短い間だったけれど、生まれて初めて男を愛し、この男ならば共に生きてゆけると確信できたひとだった。
自分はまさに、この三月を過ごすためだけに生まれ、これまで生きてきた。そう思えるほどに、密度の濃い、確かに生きていたと実感できる日々であった。兵庫之助こそが、泉水の生涯にただ一人の男であったのだ。
もう、二度とここに帰ることはあるまい。
泉水は人生至福の日々を過ごした場所を改めて感慨を込めて眺めた。
昼と夜のあわいで、町は薄鼠(うすねず)色に沈みかけている。
―死んでも良い。
迷いもなく、怖れもなく胸は今、不思議なほどに澄んだ心持ちであった。
泉水は揺るぎなき決意を秘め、夜の巷間に静かに、歩み出した。
