
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第7章 溶けてゆく心
「俺の話を全部聞いた上で、そなたがまだ俺と別れたいと申すのならば、好きにすればよい。最後に話くらいは聞いてくれても良いだろう?」
自ら泰雅との離別を考えておきながら、最後という言葉に、心をえぐられる。泉水は思わず泣き出しそうになり、歯を食いしばった。
「判りました」
頷くと、泰雅は再び雨の庭に向き直る。
「母上の許に身を寄せているのは、俺が拾った―助けた女なのだ」
泉水の眼が大きく見開かれる。意外そうな眼で良人を見つめる泉水に、泰雅は今回の騒動の発端となった出来事を話し始めた。
半月ほど前、泰雅は、和泉橋のたもとで一人の女を助けた。女は橋から身投げしようとするほど、追い詰められているようであった。その女が身ごもっていることもあり、泰雅は女を母景容院の住まいに連れてゆき、そこで置いて貰うことにした。女の名は、おそのといった。歳は二十歳になるという。
よくよく事情を聞けば、女は小さな料理屋に仲居として勤めていた。料理屋といっても、一膳飯屋を多少マシにした程度の小体な店だった。そこで身なりも男ぶりも良い商人風の若い男と知り合い、相惚れの仲となった。
そこまではよくある話なのだが、この先がいけなかった。男はさる呉服問屋に奉公する手代であり、その話に嘘はなかった。しかし、
奉公先の一人娘と所帯を持って婿養子にという話が急浮上し、二世を誓ったおそのをあっさりと捨て、その店の若旦那におさまる道を選んだ。その時、おそのは男の子を身ごもっており、しかも既に産み月に入っていた。
おそのは男の仕打ちに絶望し、生きる希望を失った。これ以上の手酷い裏切りはないように思え、生きてゆくことさえ空しくなった。
すべてに望みを失ったおそのは入水自殺を計ろうと、たった一人、和泉橋のたもとまでやってきた。そして、いよいよ身を投げようとしていたところを、泰雅に助けられたのだ。
出水はすべての話を聞き終え、これまでの泰雅の言動の一つ一つが漸く正しく理解できた。
―
―
泉水を烈しく抱いた後、泰雅が泉水に問うともなしに囁いた言葉や、その翌日の夜、急に呼び出しを受けて慌ただしく出かけていったこと。
「泉水には辛い想いや余計な心配をさせちまった」
自ら泰雅との離別を考えておきながら、最後という言葉に、心をえぐられる。泉水は思わず泣き出しそうになり、歯を食いしばった。
「判りました」
頷くと、泰雅は再び雨の庭に向き直る。
「母上の許に身を寄せているのは、俺が拾った―助けた女なのだ」
泉水の眼が大きく見開かれる。意外そうな眼で良人を見つめる泉水に、泰雅は今回の騒動の発端となった出来事を話し始めた。
半月ほど前、泰雅は、和泉橋のたもとで一人の女を助けた。女は橋から身投げしようとするほど、追い詰められているようであった。その女が身ごもっていることもあり、泰雅は女を母景容院の住まいに連れてゆき、そこで置いて貰うことにした。女の名は、おそのといった。歳は二十歳になるという。
よくよく事情を聞けば、女は小さな料理屋に仲居として勤めていた。料理屋といっても、一膳飯屋を多少マシにした程度の小体な店だった。そこで身なりも男ぶりも良い商人風の若い男と知り合い、相惚れの仲となった。
そこまではよくある話なのだが、この先がいけなかった。男はさる呉服問屋に奉公する手代であり、その話に嘘はなかった。しかし、
奉公先の一人娘と所帯を持って婿養子にという話が急浮上し、二世を誓ったおそのをあっさりと捨て、その店の若旦那におさまる道を選んだ。その時、おそのは男の子を身ごもっており、しかも既に産み月に入っていた。
おそのは男の仕打ちに絶望し、生きる希望を失った。これ以上の手酷い裏切りはないように思え、生きてゆくことさえ空しくなった。
すべてに望みを失ったおそのは入水自殺を計ろうと、たった一人、和泉橋のたもとまでやってきた。そして、いよいよ身を投げようとしていたところを、泰雅に助けられたのだ。
出水はすべての話を聞き終え、これまでの泰雅の言動の一つ一つが漸く正しく理解できた。
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泉水を烈しく抱いた後、泰雅が泉水に問うともなしに囁いた言葉や、その翌日の夜、急に呼び出しを受けて慌ただしく出かけていったこと。
「泉水には辛い想いや余計な心配をさせちまった」
