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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第2章 ひとりぼっちの猫

 春泉はどうも、若い男、殊に十代後半から二十代の青年に生理的嫌悪感を憶えてしまうのだ。それは、ひとえに母の悪癖のせいであった。母の若い愛人たちの年齢が皆、大体、そのくらいなのだ。母も父と同様、男妾を町の目立たない場所に幾人かは囲っているらしいが、時には屋敷にゆきずりの男を連れてくることさえある。
 町に買い物に出ていた時、眼に止めた眉目の良い若者を連れ帰ることもあった。そんな場合、いっときの情事の相手をさせ、相応の金を与えて帰すのである。
 光王の年齢といい、男とも思えない美しい顔立ちといい、いかにも母の好みそうなタイプであった。そのことが春泉に瞬間的に嫌悪感を抱かせてしまったのだ。何の拘わりもない彼には申し訳ないことをしてしまった。彼のお陰で窮地を脱したのだから、せめて助けて貰った礼くらいはきちんと言うべきだった。
 後悔してみても、今更遅い。光王のような男と出逢うことは二度とないだろう。彼の住む世界は所詮、春泉の住む世界とは違う。二人の世界が交わることはあり得ないだろうから。
 でも、多分、その方が良いのだ。光王はほんのお世辞か、さもなければ、からかうつもりであんなことを―春泉が綺麗だなんて言ったのだろう。春泉は生まれてから十六年間、彼女を掌中の玉と愛でる父からでさえ、綺麗だと言われたことはなかった。
 あのいかにも物慣れた口調が遊び慣れた男の常套句であることくらい、幾ら男や恋愛に免疫のない春泉にだって判る。
 でも、と、春泉はもう一方で思わずにはいられない。あのときの光王はけして嘘を言っているようには見えなかった。何度思い出してみても、あの瞬間だけは人を小馬鹿にしたような、笑っているのに、どこか醒めたような笑みは消え、代わりに真摯な表情が浮かんでいたような気がする。
 春泉はまだ熱いままの頬を両手で包んだ。
 もう、どうだって良いではないか、そんなこと。所詮は、ゆきずりの男にすぎないのだから。
 光王とはもう逢えない。
 それで良いのだ。彼とこのまま何度でも会い続けていれば、春泉は彼のことばかり考えるようになってしまうだろう。たった一度、初めての出逢いの後ですら、彼の面影や言葉を幾度も思い出しては想い出ともいえないそれらに浸ってしまうのだ。

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