テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第14章 月下の真実

「貴様、春泉の居場所を知ってるのか? しかし、何故、そなたが春泉の居所を―」
「約束するの、しないの?」
 畳みかけるように言われ、秀龍は悔しげに叫んだ。
「ああ、約束する。男と男の約束だ、けして違えたりはせぬ」
 言い終える前に、あっさりと手が放れた。
 秀龍は忌々しそうにチョゴリの衿許を整えると、待ちかねたように英真が訊いてきた。
「何があったんだ?」
 秀龍が吐き捨てるように言った。
 いつもの彼らしくない投げやりな口調だ。
「女だよ」
「女? 朴念仁の兄貴がどうして、女関係の問題で悩むんだ」
 そこで、秀龍はギロリと英真を睨む。
「朴念仁だけは余計だ」
 もう、いつもの軽妙なやりとりを交わし合う義兄弟の関係に戻りつつある。そのことに、秀龍は少しだけホッとしていた。
 春泉がいなくなって、自分自身もひどく神経質で、ちょっとしたことにも過敏になっているという自覚はあるが、今日の英真は自分より更に不安定になっている。
 あまり認めたくない事実ではあるが、英真はどうやら、何かの経緯で春泉とめぐり逢い、春泉に惚れたらしい。
 すべては秀龍の知らない、眼の届かない場所での出来事なのだ。
 自分の眼の届かない場所で―。そう考えただけでも秀龍は何故かとても嫌な、ざらざらしたような気持ちになった。
 先刻の英真に突きつけられた科白が脳裡を掠める。
―気になるから、春泉を屋敷の奥に閉じ込めて、駕籠の鳥みたいにどこへも出してやらなかったんだよね。
 やはり、そうなのだろうか。英真の指摘どおり、自分は単なる醜い我が儘、独占欲のために、春泉を屋敷に閉じ込めようとしていた?
 その事実に今更ながらに気づき、秀龍は愕然とする。
 自分だけは世の大部分の男たちとは違うと信じていた。男の身勝手な所有欲と優越感を満足させるために、妻を屋敷に閉じ込め、行動を制限するような旧弊で了見の狭い男では断じてないと自負してきたのだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ