淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④
第16章 眠れる美女
「旦那さまは既に若奥さまが亡くなっていると?」
血相変えた春泉に対して、秀龍は鷹揚に応えた。
「考えられる可能性の話としてだよ」
「でも、それは少しおかしいのではありませんか? 病で亡くなられたのなら、別に誰が悪いわけではありません。万が一、若奥さまが既に亡くなっていたのだとしても、事実は事実として公表すれば良いのではないでしょうか?」
「事はそう容易くはゆくまい。大監が末のご息女を猫可愛がりしているのは誰もが知るところだ。親心からすれば、生まれながらに因果な病を背負った娘が不憫でならないのだろう。私も父親だから、そのお気持ちが判らないでもないが、とにかく、あの方が若夫人を尋常でなく大切にしていることは周知の事実だ。その眼に入れても痛くない大切な娘をくれてやったのに、おめおめと死なせたと、もし大監が怒り心頭に発したとしたら?」
「病で亡くなるのは誰の罪でもないのに、物の道理をわきまえた大監ともあろう方がお怒りになるでしょうか?」
秀龍の切れ長の瞳が意味ありげにきらめいた。
「それは全くないとは言えないだろう。あの方は国王(チユサン)殿下(チヨナー)に対しては稀に見る忠臣であられるが、同時に下々の者と対するときは、私怨に拘られる方だ。ちょっとした事でも深く根に持たれ、ねちねちと後々までいびられる。私もその執念深いご気性にはよく泣かされたものだからな。ましてや、可愛い娘が拘わってくるとなると、余計に正常な判断力が鈍ってくる」
「そのようなものでしょうか」
春泉が頷くと、秀龍は笑う。
「人の心とはげに複雑なものだ。もっとも、これはあくまでも、私の推量にすぎない。吏曹判書の奥方が若夫人は療養中だというのなら、間違いなくそうなのだろう」
秀龍はかつて義禁府に勤務していた時代、武芸の腕と鋭い洞察力を合わせ持つ優秀な武官として活躍した。解決した事件は数知れず、中には冤罪で捕らわれた高官の罪状をひそかに調査し直し、無罪であることを証明して国王からも当の大臣からも大いに感謝されこともある。
血相変えた春泉に対して、秀龍は鷹揚に応えた。
「考えられる可能性の話としてだよ」
「でも、それは少しおかしいのではありませんか? 病で亡くなられたのなら、別に誰が悪いわけではありません。万が一、若奥さまが既に亡くなっていたのだとしても、事実は事実として公表すれば良いのではないでしょうか?」
「事はそう容易くはゆくまい。大監が末のご息女を猫可愛がりしているのは誰もが知るところだ。親心からすれば、生まれながらに因果な病を背負った娘が不憫でならないのだろう。私も父親だから、そのお気持ちが判らないでもないが、とにかく、あの方が若夫人を尋常でなく大切にしていることは周知の事実だ。その眼に入れても痛くない大切な娘をくれてやったのに、おめおめと死なせたと、もし大監が怒り心頭に発したとしたら?」
「病で亡くなるのは誰の罪でもないのに、物の道理をわきまえた大監ともあろう方がお怒りになるでしょうか?」
秀龍の切れ長の瞳が意味ありげにきらめいた。
「それは全くないとは言えないだろう。あの方は国王(チユサン)殿下(チヨナー)に対しては稀に見る忠臣であられるが、同時に下々の者と対するときは、私怨に拘られる方だ。ちょっとした事でも深く根に持たれ、ねちねちと後々までいびられる。私もその執念深いご気性にはよく泣かされたものだからな。ましてや、可愛い娘が拘わってくるとなると、余計に正常な判断力が鈍ってくる」
「そのようなものでしょうか」
春泉が頷くと、秀龍は笑う。
「人の心とはげに複雑なものだ。もっとも、これはあくまでも、私の推量にすぎない。吏曹判書の奥方が若夫人は療養中だというのなら、間違いなくそうなのだろう」
秀龍はかつて義禁府に勤務していた時代、武芸の腕と鋭い洞察力を合わせ持つ優秀な武官として活躍した。解決した事件は数知れず、中には冤罪で捕らわれた高官の罪状をひそかに調査し直し、無罪であることを証明して国王からも当の大臣からも大いに感謝されこともある。