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アルカナの抄 時の掟

第2章 「愚者」逆位置

謁見の間へ行くと、そこにいたのはアルバートだけではなかった。

部屋の片隅には、この宮殿の使用人であろう男女が並んでいた。
部屋の奥はゆるやかな階段状になっており、それを囲うように何人かの重臣たちが座っていた。
最上段に据えられた玉座には、深い紫の髪の男性が深く腰かけている。

だ、誰?

「あっ、カオル!待たせたねー」
にっこりと微笑む。

「…アルバート?」
カオルが言った瞬間、重臣たちがどよめく。近くに控えていたヴェキがぎょっとし、カオルを見た。

皇帝は名を、公で名乗るものと実名とを二つ持ち、実名は家族など心から信頼のおける相手にしか教えない。いや、教えてはならない。ここにいる重臣たちも、皇帝の実名を知らなかった。

なぜアルバートが、素性のはっきりしないカオルに容易く実名を告げてしまったのか、重臣たちにはまったく理解できなかった。
しかも彼女は、――それが控えられるべきことだと知らないのだから当然なのだが――公の場で実名で呼び、さらには呼び捨てにしている。


「いいんだよ」
アルバートがニコニコと立ち上がり、肩ほどの髪がわずかに揺れた。髪の一部、上半分ほどをひとつに束ね、残りは垂らしている。
今までは髪の一本も見えなかったが、覆い隠していた布とターバンを取ると、まるきり印象が違う。別人のようだった。

「今日はね、カオルをみんなに紹介しようと思って呼んだんだ」
ここまで来て、とカオルに手招きする。
カオルはやや首を傾げるが、呼ばれるがまま段を上がろうとすると、重臣たちがまたどよめいた。

皇帝以外にこの段を上がることが許されているのは、側近の中でも特に皇帝の信頼を得た数名だけで、その数名でさえも、拝命のときなど機会が限定されていた。
それを知らないカオルは、騒然としている一同を不思議に思いつつも、一段、また一段と足を運んでいく。その姿を、ニコニコとアルバートが見届けている。

引き寄せられ、アルバートと並ぶと、アルバートが重臣たちの方へ顔を向ける。

「彼女はカオル。僕の友人だよ。特別客人として暫くここで暮らすことになったから、いろいろ教えてあげてね」

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