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アルカナの抄 時の掟

第9章 「審判」正位置

「…この唇は、アルバートのもの。身体もあなたのものになった覚えはないし、心もアルバートのもの。アルバートだけのもの。誰にも奪えないよ」

行こうとするカオルに、男が後ろから抱きついた。

「今は、本気だ。本気で君がほしい…」
衣服の中に潜り込ませようとする手を、カオルがつかんだ。

「身体じゃなくて、心を惹き付ける人になれるといいね」
つかんだ手を振り払う。


「…名前も聞いてくれないの?」
離れていくカオルの背中に言った。カオルは振り返る。

なんでだろう。アルバートにどこか似てると思ったこともあったけど。

「俺が何者かも…興味を持ってくれないの?」
苦しげな声だ。今までに会ったときのような余裕さはない。そんな男に、カオルは静かに聞いた。

「…あなたは誰?」

――今のこの人は、全然似てると思わない。


「俺はフレン。右大臣の息子」

「右大臣の…?」

右大臣って、息子もいたんだ。

「それで、さっきの」

アルバートと私を引き離せって言われたとか話してたっけ。

「そう。惚れさせるだけでいいって言われて、暇だったから従った」

この人も…自分を偽って生きてきたのかもしれない。…何かを誤魔化すために。

「けど父さんは、君を殺そうとまではしてなかった。これは確実。それに、誰なのかは特定できてないけど…宮殿内に裏切者がいるところまで、父さんは確信を持ってる」

敢えてなにも言わないカオル。

「…行くの?」

「うん」

「そっか」
男は、またね、とは言わない。カオルは歩いていく。


一人になった男が、誰に言うでもなく呟く。

「…いつだって、一番ほしいものは手に入らないんだ…」

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