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アルカナの抄 時の掟

第10章 「世界」正位置

「申し訳ないんだけど…どこかで会ったかな」
気まずそうな声。

ピタリと動きが止まる。

「え……」
顔をあげると、涙が頬を伝った。

「――覚えてないの…?アルバート…」

「アルバイト?…お客なんてたくさん会ってるからなぁ」

「…違、う……」

ちがう。チガウ。ナニヲ、イッテルノ…?

「見たところ制服も違うし…うーん」
ごめん、わからないや、と言う彼。ショックで、目がくらんだ。

覚えて、ないんだ…。

…そうか。アルバートは、あの世界で別の記憶を与えられて…こっちのこと、なんにも覚えてなかった。だから、こっちでも…向こうのことは覚えてないんだ。

「…ごめんね」
困ったような顔で言うと、じゃあね、と青年は再び自転車をこぎ始める。どんどん遠くなって、やがて消えた。


その場に立ちつくす。知らない人みたいな、あの後ろ姿が…目から離れなかった。

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