テキストサイズ

アルカナの抄 時の掟

第5章 「皇帝」正位置

「控えよ。ルーウィン・ダイナス」
凛とした声が響いた。皆の視線が声の主の方へ、扉付近へと集まる。


アルバートが立っていた。まだ完全に快復していないのか、こめかみに汗がにじんでいる。

「陛下…お身体の方は…」

「カオルは命を狙われたのだ。疑われなければならない理由などない」
右大臣に鋭い目つきを向けた。

「いや私は…ただ皇妃が――」
慌てて弁明しようとするが、遮るようにアルバートが畳み掛けた。

「私はカオルを、皇妃を信じている。証拠もなく私の妻を疑うことは許さない。皇妃と私に対する侮辱である」
きり、とまっすぐに右大臣を見据えている。誰も見たことのないアルバートの表情だった。

だけど、違う。この凛々しい、世のすべてを見通しているような顔…これこそが道化の仮面をとった、アルバートの素顔なのだということが、カオルにはわかっていた。

「しかし夜更けに――」
右大臣は焦り、カオルの不審な点を指摘しようとする。が、それが逆効果であることに気づいていない。

「それ以上の発言を禁ずる。右大臣よ、――皆も、よく聞くがよい」
ひときわ大きな声で言うと、重臣たちを見渡した。

「マタティヌス・レイミエの名において命じる。皇妃に対する根も葉もない非難、誹謗は控えよ。噂も同じだ。破ればその地位を剥奪、宮殿から追放する」

はっきりと言い放つ。…場が静まり返った。

ぐら、とアルバートがふらつき、壁にもたれかかる。ヴェキよりも先にカオルが駆け寄り、支えた。


そして結局、兵を集めると決めただけで、あとは皇帝の体調が好転するのを待つこととなり、解散した。

「アルバート…大丈夫?」
身体を支えながら気づかう。アルバートは無言だった。

つ、と汗が流れる。アルバートの目は先ほどとは違い、虚ろだった。

まだ、こんな状態なのに。無理してここへ来たんだ…。

「ばか…」

カオルはヴェキと、アルバートを部屋へと運び、ベッドに横たえた。

夜になっても、アルバートは荒々しく息をしていた。カオルは気が気でなく、食事もあまりのどを通らなかった。

額やこめかみから噴き出す汗をぬぐってやると、ベッドの横に椅子を置き、座った。アルバートの手をとり、両手で包み込む。

お願い…どうかこの人を。

祈ることしかできない自分をもどかしく思いながら、カオルはベッドに伏し、そのまま眠ってしまった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ