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アルカナの抄 時の掟

第5章 「皇帝」正位置

「もううんざりでね。しばらくのらりくらりと逃げ回ってた」

「それでバカなふりするようになったの?」

「…いいや、それはもっと前から。めんどうなことになるのはわかってたから」

どこの世界にも、権力者にたかろうとする者はいる。自らの力で這い上がる自信のない者たちだ。

「でもバカ皇帝だからこそ、手中に収めれば扱いやすいと思ったのかもしれないね。貢ぎ物をよこしたり、遊郭に呼んだり…いろいろしてきたよ」

「ふうん…」

「もう逃げちゃおっかな~って宮殿出たらさ、いつのまにか立ってたんだよね、あそこに。暗くて細い道」

カオルは、アルバートと出会ったときのことを思い出す。

「あの横路が、アルバートが向こうの世界に行ったときの最初の場所だったんだ。…めちゃくちゃ怪しかった」

「僕だってびっくりして動けなかったんだよ。そしたら不審者なんて言われちゃって」

「誰だって不審者だと思うよ、あんなところに変な格好の人がぼーっと立ってたら!」

「変な格好…」

「…で。慌てて出てきて弁解した、と?」

「うん」

そして、私はこの世界へきた。

「権力とか…陰謀とか対立とかにまったく関係のない君をこの世界に連れ帰って后にすれば、めんどうごとから解放されるかも、って思ってたんだ」

「……え゙」

…そんな理由でこの世界に連れてこられたの?

「でもね、多分…それだけじゃなかった。きっと最初から、カオルに惹かれてた。君と、離れたくなかった。だから、この世界に戻るとき――夢中で君を抱きしめたんだ。カオルがここで暮らし始めてからも、寂しくならないように…もとの世界を思い出してしまわないように、毎日君を訪ねた」

自分勝手だよね、と言うアルバートの切なげな瞳が、偽りでないことを語っていた。


ああ…私、きっと知ってた。アルバートが絶えずそそぐ、そのあたたかな気持ちに…気づいてた。それがいつしか、心地よく感じられるようになっていたことにも。

「…うん」

「友人として君をつれて帰れば、またヴェキのような異例の抜擢をするのではと疑うだろう。実際、彼らに知れたときそうだった。だから、すぐに君を公にして、年齢と、女性であることを示したんだ」

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