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アルカナの抄 時の掟

第7章 「恋人」逆位置

「…なんで言えないのかも、話してくれないんだ」
声が震えた。怒りか、悲しみか。何の感情かわからないが、逃げ場も当たるあてもないそれは、ぐるぐるとカオルの中で渦巻いていた。

それでも、アルバートは表情も変えずにカオルをただ見つめている。…いや、わずかに苦しげな色をその瞳に宿していたのだが、カオルにはそれに気づく余裕などなかった。

「…ヴェキさんのところにいけばいいんだね」

自分は、無力だ。…わけも話してもらえないほどに。

「――今すぐ?」

「…その方がいいね」
アルバートは静かに返す。

「わかった」
カオルは振り返らずに、皇帝の間を出ていった。

アルバートは、なにも言わずにその背中を見送っていた。




それほど経っていないのに、空の黒は、先ほどよりも深く、色濃くなっていた。まるでカオルの心情を表すかのように、月を覆い隠すほどの闇だった。

信用はされていても、信頼はされていない。当たり前なのかもしれないが…荷物をまとめ、ヴェキの住む離れに来るまでのその足取りは、重かった。

離れと言っても、イメージしていたものよりかなり大きい。さすがは重臣、とカオルがキョロキョロしていると、ヴェキが中から出てきた。

「ああ、皇妃。早かったですね」
湯上がりなのか、髪が少し濡れている。いつもは一つに結わえている髪を、今のヴェキは下ろしており、さらに前髪をかきあげると、別人のようだ。だが、カオルはどこか見覚えのあるような気がしていた。

「あ、ヴェキさん。これからお世話になります」

「いえ。居心地はあまりよくないと思いますが、ゆっくりしてください」

「…大きいですね。本当に一人でここに住んでるんですか?」

「ええ、私だけですよ。最低限の暮らしができる慎ましい住居でいいと、私も言ったんですがね。…さあ、中へどうぞ」

「…失礼します」

中へ入ると、…なんというか、ヴェキらしい部屋だった。いくつかの家具しかなく、部屋がより広く見える。が、意外とテーブルの上が散らかっていた。

「ああ、すみませんね。今片づけます」
そちらへかけてください、と椅子を示しながら書類をまとめる。カオルは落ち着かないようすで座った。

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