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アルカナの抄 時の掟

第7章 「恋人」逆位置

皇帝の間を離れたカオルは、どこに向かうでもなく、ただ歩いていた。なにも考えられなかった。ぼうっと、化粧室の前を通りかかったとき、ふいに後ろから強く抱き締められた。

「!!」

反応できないでいるうちに、二本の手が伸び、カオルの胸、そして股をまさぐる。

「んっ…!」

カオルがもがくが、一筋縄では抜けられそうにない。それでも必死に動かすうち、カオルの頭が相手の顔に直撃した。

「ふっぐ」

…間違いない。あの男だ。というかそれ以外にありえないのだが。

拘束する力がゆるんだすきに、カオルは夢中で離れる。が、右足に男の足がかけられていたため、前へつんのめった。男が再び抱き締めるが、今度は襲ってくることはなかった。カオルの様子がおかしいことに、気づいたからだ。

「あれ、皇妃さま?」
男が、背後からカオルの顔をうかがう。だがカオルはうつむいているため、髪の陰に隠れて表情が見えない。男は絡めた脚をほどき、解放した。だが、カオルは動かない。

カオルの正面に回り込み、のぞき込もうとすると、カオルが顔を上げ、キッ、とにらんだ。

「!」
男が目を見開く。ぐっ、と食いしばり、眉を寄せてにらみつけるカオルの目からは、大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちていた。

カオルは、ぷい、と男をよけて歩き出す。まるでそこには男など最初からいなかったかのように、何事もなかったかのように。


男は呆然とし、しばらくその場に立ち尽くしていた。





…僕は、何か間違えたのだろうか。もっと、何か別の方法があったんじゃないか。カオルを傷つけないで済む方法が…。

幸せムードでいっぱいかと思いきや、アルバートの私室は、まるで葬式のようだった。

…いや、そんなことはない。これでいい、仕方ない。カオルを守るためには、こうした方がいいんだ…。

「お茶をいれてほしい」
アルバートが機械的に言う。甘いひとときを過ごしているはずの二人は、かなりギクシャクしていた。

「かしこまりました」
いつものミステリアスさをたたえたフレアが答えた。

「…敬語はやめないか、フレア」

フレアは、答えない。

「今日、君と僕は、正式に夫婦になった。君にもなるべくそのように振る舞ってほしい」
表情を変えずに、アルバートが言う。

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