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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第2章 ★A women meets a man ★

 それから田中氏は由梨亜の用意してきた履歴書と由梨亜をせわしなく交互に見てから、あからさまな落胆の溜息をついた。
―確かに城崎さんは二十七歳だから、当社の応募基準を満たしてはいますが―。
 後は由梨亜の顔をまじまじと見つめ、言葉をうやむやに濁した。
 こういう反応は慣れているので、由梨亜は小さく肩を竦めた。
―ルックスがいまいちってことですね?
―い、いや。別にそういうことでは。
 田中氏は更に暑そうに額の汗を拭き、細い眼をしきりにパチパチとさせた。
―いや、とにもかくにも一人でも応募者があったんで、こっちとしては助かりましたよ。
 そのひと言が採用決定を告げるものだとは、由梨亜にも判った。
 それはそうだろう。プロのモデルを頼めば、素人を使うよりは格段に謝礼がかかる。少々のことには眼を瞑って、由梨亜を採用した田中氏の心情も判らないではなかった。
 そのときの話では既に新郎役は採用決定済みの男性がいるといい、由梨亜にも田中氏から改めて採用決定がきちんと伝えられた。
 それから一週間が経った。
 指定された時間にNホテルのロビーに行くと、田中氏が待ち受けていて、ヘアメークを担当するという若い女性を紹介された。それからすぐに美容室へ行き、準備に入る。所要時間はざっと一時間半。たったそれだけの時間で、ヘアメークの女性は由梨亜を冴えない二十七歳の女から、初々しくも艶めかしく美しい花嫁へと作り替えてしまった。まさに、魔法か神業としか言いようがない。
 この一週間、由梨亜は単発で見つけた他のバイトをこなしていた。コンビニのレジ打ちである。正直、会社からも近くて、S物産の社員はここによく昼食を買いにくるので、できれば避けたかった。しかし、この仕事以外に、すぐに職にありつけるバイトが見つからなかったのだ。
 何しろ、日がな自宅にいては、母に怪しまれる。当初はネットカフェで時間を潰すことも考えたが、そんな時間とお金を無駄にすることよりは、てっとり早く働いた方がはるかに有意義だと気づいたのである。
 由梨亜の不安は当たった。コンビニで働き始めた三日目、会社の元同僚―総務部の女子社員が後輩の女の子たちと弁当を買いにきたのだ。

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