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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第6章 ★Sadness~哀しみ~★

 ブランコを勢いつけて漕いでゆく。
 一、二、三。
 由梨亜を乗せたブランコが大きく跳ね上がる。
 一、二、三。
 一段と高く持ち上がった瞬間、由梨亜は空を仰いだ。紫紺の空に宝石をばらまいたような星々が散りばめられ、輝いている。
 その時、再びポケットのケータイが鳴りだした。
 大好きな歌詞が一瞬、浮かんできて、由梨亜は口ずさみそうになった。かけてきた相手は誰か、大体想像はつく。その中に諦めるだろうと思って放っておいても、音楽は一向に鳴りやまない。
「―もしもし」
 やむなく由梨亜は電話に出た。
「由梨亜?」
 聞き慣れた三鷹の声が心に滲みてゆく。
 ああ、別れると決めた後でさえ、私はこの男を大好きなのだと、改めて思った。
「君にどうしても渡したいものがある。これが最後にするから、俺の話を聞いてくれ」
「判った」
 沈黙を守ることで、相手に話の続きを促した。
 と、由梨亜は眼を瞠った。
 公園の入り口に三鷹が立っている。
 三鷹はまだ彼の携帯を耳に当てた格好で、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
―ここがよく判ったわね。
 思わず自分から沈黙を破ってしまう。
 三鷹が含み笑いながら、応えた。
―いつか話してくれただろ。子どもの頃、ここで陽が暮れるまで遊んでて、お母さんに叱られたことがあったって。
 由梨亜は言葉を失った。彼はそんな些細な話まで憶えていたのか。話した由梨亜ですら、もうとっくに話したことを忘れていたというのに。
 そう、私は確かに彼に言った。
 この公園はとても懐かしい場所、特別な場所なのだと。
 不思議なものだった。互いに数メートルしか離れていないのに、こうして電話で話している。
 三鷹が更に近づいてきた。そこで立ち止まり、話している。どうやら、これ以上、近づいてくるつもりはないようだ。
―これを受け取って欲しい。
―なに?
 もう別れると判っている男から、高価なものは受け取れない。

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