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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第2章 ★A women meets a man ★

 あの男、一体、何を考えているのか。
 腹立ち心には波立っていたが、披露宴が終わるまでは他人の眼があるため、文句の一つも言えない。
 式が終わり、再び三鷹と腕を組んでチャペルの短い階段を下りてくると、下で待ち受けていた参列客―この場合は模擬なので正確にいうと見学者たち―から、純白の薔薇の花びが一斉に二人に向かって降り注いだ。
 挙式の後は披露宴に移り、最上段のひな壇に並んで、参列客の祝福を受ける。その間にお仕着せ姿の従業員たちが次々とフランスのコース料理を運んできて、新婦役の由梨亜は二度、お色直しに立てった。
 一度目はこの季節に艶やかに花開く紫陽花を彷彿とさせるような深いブルーのカクテルドレス。二度目は女性であれば誰でも一度は着てみたいと憧れる色鮮やかな打ち掛け姿だ。金糸銀糸で華やかな刺繍が施された豪奢な打ち掛けは、日本髪姿の由梨亜によく似合った。
 ちなみに新郎のお色直しは最後に一度だけ、花嫁に合わせてやはり日本の伝統的な婚礼衣装である紋付き羽織になったときだ。
 ドレスから着物になる前に新郎新婦が列席者の各テーブルを回り、キャンドルに明かりをつけるキャンドルサービスが行われる。最早、バブルの頃からの披露宴の定番儀式だ。
 キャンドルサービスが始まったと同時に、場内に音楽が流れ始める。
 そのメロディを聞くやいなや、由梨亜はハッとした。由梨亜の大好きなチャン・グンソクの出演する〝美男ですよ〟の中で男装の美少女パク・シネが歌う〝Lovely day〟である。由梨亜のお気に入りの曲で、よく会社から戻った後のくつろぎタイムに聴いている。
 歌うパク・シネのイメージそのままに愛らしい旋律に合わせて各々のテーブルを回っていると、ふと、これが偽物の結婚式ではなく本物のような錯覚に陥りそうになる。
 華やかにリボンで飾り付けられたライターを持つ由梨亜の両手の上にそっと三鷹の手が重ねられている。その事実に気づき、今更ながらに、由梨亜は頬が熱くなった。心臓の音まで煩くなってきて、由梨亜の背中にぴったりと逞しい長身を寄せている彼に、その鼓動が聞こえてしまうのではないかと不安になったほどである。
 馬鹿らしい、止めなさいと、由梨亜は自分を叱った。

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