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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第2章 ★A women meets a man ★

 式の最中にいきなり予定にもないキスを仕掛けてくるような軽薄男じゃないの。そんな男に胸をときめかせるなんて。
 自分に言い聞かせる。
 終わりにデザートとコーヒーが運ばれてきて、模擬披露宴は終了となった。
 そこで由梨亜と三鷹は従業員に促され、退席した。
「今日の花嫁花婿を盛大な拍手でお見送りお願いします」
 ホテル専属の司会者がひときわ華やかな声を上げ、割れるような拍手が起こった。
 その後、ブライダル担当の田中氏が現れ、見学者全員にNホテルのブライダルに関するパンフレットが配られる。
「本日は皆さま、お忙しい中をわざわざ当ホテルが主催する模擬披露宴にお越し頂き、ありがとうございます。先ほどご覧頂きました模擬披露宴は、ごく標準的なプランで、費用はすべてのサービスが込みで百万円となっており―」
 田中氏の宣伝はまだまだ続きそうである。
 背後で重厚な扉が音を立てて閉まり、由梨亜はやっと大きな息を吐いた。
「何とか無事、終わったね」
 三鷹が茶目っ気たっぷりにウィンクしてきて、由梨亜は思わずカッとなった。
「何であんなことしたの?」
 チャベルでの突然のキスを思い出し、由梨亜は頬を染めた。触れるだけのキス。でも、少し強引で情熱的だった。三鷹の唇はかすかに煙草の匂いがして、しんと冷たくて―。
 って、そんな問題じゃない、私ってば何を考えているの?
 由梨亜は首を振り、眼に力を込めて男を見た。へらへらと笑っていてどこまでも調子がよい癖に、不思議と存在感のある妙な男だ。
 人は誰でも三鷹の上辺だけにごまかされてしまうだろうが、この広澤三鷹という男は軽薄な外見の下に何か別の素顔を隠し持っているような気がしてならなかった。事実、由梨亜が式の途中で聖母像を見て哀しみに襲われたときも、三鷹はいち早く気づいて、どうしたのかと訊ねてきた。
 良い加減なお調子者と思いきや、意外に気遣いのできる思慮深さを持っている。こうして二人だけで対峙していると、明らかに貫禄負けしそうだ。
「あんなこと?」
 意味ありげな視線からは、由梨亜の言いたいことなど判っているだろうに、わざと空惚(そらとぼ)けているのだと知れる。

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