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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第2章 ★A women meets a man ★

「S物産よ、天下のS物産」
「―S物産」
 その時、三鷹の形の良い瞳が一瞬、細められた。まるで何かに耐えるようなその瞳に、由梨亜の方が戸惑った。
「何よ、まるで自分がクビになったような顔しないでよね。それとも、あなたの家族とか知り合いとかにも、あそこをクビになった人がいるの?」
 おずおずと訊ねると、三鷹は曖昧な笑みを浮かべた。
「まあ、ね。満更、知らないわけじゃない人がつい最近、君と似たような目にあったばかりだから」
 ややあって、三鷹が優しい眼を向け、不本意ながら由梨亜の胸は高鳴った。
 何て素敵な笑顔なんだろう。そう思いかけ、慌てて自分を戒める。
「ところで、君は優しいんだね」
「何のこと?」
 怪訝な表情で応えると、三鷹は頷いた。
「たった今、俺のことを心配してくれただろ」
 S物産の名を出した時、三鷹の表情が微妙に揺らいだので、由梨亜は親族か友人に自分と似たような境遇の人がいるのかと想像したのだ。そのことを言っているのだろう。
「まあ、自分がクビを突然切られてみて、初めて失業者の気持ちが判ったっていうところね」
 三鷹は肩にかけていたデイパックからまたしても何か取り出した。今度は前回と異なり、かなり厚みのありそうな封筒である。
「じゃあ、尚更、これが必要じゃない?」
 由梨亜はおもむろに突き出された封筒を無意識の中に受け取り、その重さに愕いた。
「これって―」
 中を恐る恐る覗いて、絶句した。
 何と、受け取った茶封筒には分厚い札束が入っていたのだ!
 三鷹が淡々と言った。
「現金でざっと五十万ある」
「もし、君が俺の話に乗ってくれたら、前金として、この五十万、更にきちんと約束を果たしてくれた時点で百五十万支払うことを約束する」
「合わせて二百万―、それだけあれば、さっきの披露宴だって、できるわよね」
 プッと三鷹が場違いに吹き出した。
「こういう場面で、そういうこと言う? やっぱり、女心は判らないな」

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