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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第2章 ★A women meets a man ★

「冗談、俺にそんな趣味はないからね。至って、ノーマルなんだよ、こう見えて」
「とにかく、ホストの暇つぶしに付き合ってる時間はないの。一日も早く新しい仕事を見つけて働かなきゃ駄目なんだから」
 品の悪い冗談には取り合わず、由梨亜は断じた。
「だからさぁ、俺はホストじゃないってば」
 三鷹が情けなさそうな声を出した。
 その滑稽な仕草がおかしくて、つい笑ってしまう。
「じゃあ、正体は一体、何なの?」
「真面目な会社員」
「嘘でしょ」
「嘘じゃない、本当だ。今日はたまたま公休日で、バイト感覚でこの仕事をやったんだよ。俺も一度は結婚式なんてもの人並みにやってみたかったし」
「あなたみたいな社員がいるんなら、そこの会社はS物産よりも早く倒産するでしょうね、気の毒に。何でもS物産はミラクルプリンスだか何だか知らないけど、ふざけた名前の御曹司が経営を立て直しつつあるらしいから。首切り寸前だった人たちは今頃、躍り上がって歓んでいるんじゃない?」
 いかにも気の毒そうな口調の裏にかすかに優越を滲ませていた、かつての同僚。あのときの屈辱が再び甦ってきて、腹立ち紛れに言ってやる。
 三鷹がふと彼らしくもなく遠い瞳になった。
「本当にふざけた野郎だよな。どれだけ頑張って救おうとしても、救えなかった社員もいるんだから―」
 その口調には、彼が社員解雇について他人事以上の何かを感じていることが窺えた。S物産をクビになったという人は彼にとってよほど近しい大切な存在なのだろう。
 由梨亜はその場の雰囲気を変えたくて、明るく笑った。
「別に、あなたには関係ない話じゃない。まあ、私と同じようにクビになったって人のこともあるから、そう容易くは割り切れないんでしょうけど」
 想いを振り切るように、三鷹が首を振った。まるで陸(おか)から上がったばかりの犬のようだ。
「君が心配しているのは、もしかしたら婚姻届のこと?」
「まあ、それもあるけど」
 ずばりと言い当てられ、由梨亜は口ごもった。

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