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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第3章 ★ 衝撃 ★

★衝撃★

 自宅の前まで帰ってきた時、由梨亜は何となく嫌な予感がした。それは別に何ということはない、ただの勘にすぎなかったけれど、どういうわけか、子どもの頃から、その類の感は不思議に的中してきた。
 まだ七歳くらいだった頃、母方の祖母が急に倒れて亡くなる直前も、やはり、夜半にうなされて飛び起きたものだ。
 愛媛の田舎に住む祖母とは学校が休みのときくらいしか逢えなかったが、優しくて大好きだった。その祖母が大きな得体の知れぬ影に飲み込まれてしまう夢を見たのである。
―お母さんッ。
 飛び起きて傍らに眠っていた母に抱きついた、あの夜。
 あのときの恐怖は今でも甦る度に、背筋が凍る想いになる。
 今、由梨亜の中にひた寄せる感覚は、あの夢を見たときと酷(ひど)く似ていた。しかし、別に夢を見ているというわけではなく、いつものように自転車を漕いで帰ってきたところなのだ。
 Nホテルは大通りを挟んでN駅とほぼ向かい合う形で建っている。由梨亜が勤務していたS物産はNホテルからもほど近い。自宅からは歩いても十数分の距離だが、彼女は自転車通勤していた。
 母に余計な疑念を抱かせまいと、由梨亜は毎朝、以前と同じように定時に家を自転車で出ている。むろん、帰宅時間も会社勤めをしていた頃と寸分違(たが)えない。
 今日も六時きっかりに自宅に帰り着いた。
 家の周囲を塀が囲んでいる。鉄製のさび付いた門を開け、ガタガタと自転車をいわせながら庭に入れた。自転車置き場なんてものはないから、いつものように軒下に置く。
 おかしいな、首を傾げた。
 この時間であれば、母が台所で煮炊きする匂いが表までそこはかとなく漂ってきているはずだし、第一、今は明かりすら灯っていない。
 台所だけでなく、数部屋あるどこにも明かりはついていなかった。由梨亜の心配はますます膨らんでゆく。とにかく家に入ろうと玄関の引き戸を引いても、開かなかった。
「どこかに出かけているのかしら」
 外出しているのであれば良いのだが、それにしても、母にはこれといった友人もおらず、しかもこんな時間まで出かけていることは滅多とない。

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