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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第3章 ★ 衝撃 ★

 とりあえず合い鍵で開け、中に入った。
 ガランとした家の中は常以上にひっそりとしていた。母に連れられて家を出た五歳のとき以来、由梨亜はずっと母と二人だけの暮らしだった。だが、特別に淋しいと感じたことはない。いつも側に母がいてくれるのが当たり前なのだと思い込んでいた。
 高校卒業までは、保険外交の仕事をしている母より、大抵、由梨亜の方が先に帰宅していた。だから、由梨亜はカレーとかシチューとか比較的簡単な料理を拵えて母の帰りを待つことも多かった。
 そんなときは当然ながら、真っ暗な家に帰るのだが、それでも、心細いとは思わなかったのだ。待っていれば、必ず母が帰ってくると信じていたからだった。
 だが、今のこの心細さといったら、どうだろう。もうこのまま二度と母が戻ってこないような、訳の判らない不安がけして引かない波のように時間と共に満ち満ちてゆく。
 お母さん、どこにいるの? 早く帰ってきて。
 小学生ではあるまいに、良い歳をした大人がまるで幼子のように母を求めていた。居間、由梨亜の部屋、母の部屋、台所、果てはトイレと風呂場まで覗いてみたが、人影はない。
 台所には確かに夕食を作りかけらしい痕跡はあるにはあった。しかし、いずれもが中途半端なままで、放ってある。
 これはただ事ではないと直感が告げていた。何事にもきちんとした母が夕食の支度を放り出して、どこかに出かけるなんて、あり得ない。
 居間に戻ってきて、しばらく一人で座り込んでいても、時計が時を刻む音だけがやけに静寂に響き渡った。由梨亜が大きな息をついたその時、不安に満ちた空気を切り裂くように、携帯の着信音が鳴った。
「もしもし」
 つい不安が滲み出た戸惑い気味な声になってしまう。
「ああ、由梨亜ちゃん」
 聞き慣れたその声に、由梨亜はホッとした。電話をかけてきた声の主は母の妹悦子叔母であった。
「叔母さん、お母さんと一緒なんでしょ」
 当然ながら、母は叔母と一緒にいるのだと思い込んでいた。悦子叔母さんの夫の孝幸(たかゆき)叔父さんは昔から、すごぶる愛想が悪く気難しい。なので、母は孝幸叔父さんに遠慮して、悦子叔母さんともあまり連絡を取り合ったりはしなかった。

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