偽装結婚~代理花嫁の恋~
第3章 ★ 衝撃 ★
「叔母さん」
時刻も時刻だけに、病院内は静まり返っていた。まるで既に使われなくなって久しい廃墟のような感さえある。
「ああ、由梨亜ちゃん」
悦子叔母はベッドの傍らに丸椅子を置いて座っていた。
「今日はお世話になりました。ご迷惑をかけて本当にごめんなさい。叔父さんが怒っていなかったら良いんだけど」
叔母さんが笑顔になった。
「なに水くさいことを言ってるの。私とあんたのお母さんはこの世でたった二人きりの姉妹なんだから。そんなことでいちいち礼なんか言わなくて良いの」
叔母さんは孝幸叔父さんのことについては一切触れず、細い眼をしょぼつかせた。
叔母さんと母は三つ違いなので、確か叔母さんは四十七歳のはずである。しかし、どういうわけか、五十歳の母よりも叔母さんの方が十歳も老けて見える。
叔母さん夫婦には子どもがいなかった。加えて二十二歳で別れた父と結婚した母と異なり、叔母さんは三十歳を過ぎてから結婚した。孝幸叔父さんは叔母さんより五歳年長で、母よりも年上だ。結婚当初から叔父さんはいつもむっつりとして、子どもだった由梨亜にも近寄りがたい怖ろしい存在に見えた。
―あのまま結婚生活を続けていれば、身体も心もボロボロになっただろうね。私はあの時、お前のお父さんと別れて良かった。
いつか母がポツリと洩らした科白が妙に現実感を伴って由梨亜に迫ってきた。
夫の顔色を始終窺いながら、実の姉にすら連絡を取るのを躊躇しなければならない。叔母さんの気苦労が思いやれるというものだ。あの叔父さんとずっと一緒にいては、叔母さんが実年齢以上に老け込んで見えるのも仕方ないことなのかもしれない。
眼の下にくっきりとした隈をこしらえた叔母さんは、何故かベッドで眠っている母よりも痛々しく不健康そうに見えた。
「それで、お母さんは」
由梨亜が問うのに、叔母さんは頷いた。
「もう落ち着いたのよ。発見が早いから、大事にはならないでしょうって」
思わず安堵の息が洩れたが、また別の心配もあった。
「発作が起きたのね」
そう、と、叔母さんも沈痛な面持ちで頷いた。
時刻も時刻だけに、病院内は静まり返っていた。まるで既に使われなくなって久しい廃墟のような感さえある。
「ああ、由梨亜ちゃん」
悦子叔母はベッドの傍らに丸椅子を置いて座っていた。
「今日はお世話になりました。ご迷惑をかけて本当にごめんなさい。叔父さんが怒っていなかったら良いんだけど」
叔母さんが笑顔になった。
「なに水くさいことを言ってるの。私とあんたのお母さんはこの世でたった二人きりの姉妹なんだから。そんなことでいちいち礼なんか言わなくて良いの」
叔母さんは孝幸叔父さんのことについては一切触れず、細い眼をしょぼつかせた。
叔母さんと母は三つ違いなので、確か叔母さんは四十七歳のはずである。しかし、どういうわけか、五十歳の母よりも叔母さんの方が十歳も老けて見える。
叔母さん夫婦には子どもがいなかった。加えて二十二歳で別れた父と結婚した母と異なり、叔母さんは三十歳を過ぎてから結婚した。孝幸叔父さんは叔母さんより五歳年長で、母よりも年上だ。結婚当初から叔父さんはいつもむっつりとして、子どもだった由梨亜にも近寄りがたい怖ろしい存在に見えた。
―あのまま結婚生活を続けていれば、身体も心もボロボロになっただろうね。私はあの時、お前のお父さんと別れて良かった。
いつか母がポツリと洩らした科白が妙に現実感を伴って由梨亜に迫ってきた。
夫の顔色を始終窺いながら、実の姉にすら連絡を取るのを躊躇しなければならない。叔母さんの気苦労が思いやれるというものだ。あの叔父さんとずっと一緒にいては、叔母さんが実年齢以上に老け込んで見えるのも仕方ないことなのかもしれない。
眼の下にくっきりとした隈をこしらえた叔母さんは、何故かベッドで眠っている母よりも痛々しく不健康そうに見えた。
「それで、お母さんは」
由梨亜が問うのに、叔母さんは頷いた。
「もう落ち着いたのよ。発見が早いから、大事にはならないでしょうって」
思わず安堵の息が洩れたが、また別の心配もあった。
「発作が起きたのね」
そう、と、叔母さんも沈痛な面持ちで頷いた。