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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第3章 ★ 衝撃 ★

「小さいものではあったそうだけど」
 それ以上は言わなかった。
 ついに来るべきものが来てしまった。由梨亜は唇を噛みしめ、母の寝顔を見つめた。
 いつ発作が起きてもおかしくないと医師からも言われていたのだが、何とかこれまでは薬で騙し騙し過ごしてきたのだ。担当医によれば、発作を繰り返す度に心臓の全体的な状態は悪くなるだろうと宣告されていた。
 母の枕元には点滴と心電図が配置され、静かな病室にピッピッとあの不安をいや増すような独特の心電図音が聞こえている。
 その物々しい様子が、とりあえず一山は超えたけれど、先行きがけして生やさしいものではないと物語っていた。
 やはり、会社を辞めさせられたなんて言えるはずがない。ましてや、見も知らぬ軽薄そうな男の頼みで偽装結婚するなんて。
 真相を知れば、それこそ母の心臓は衝撃のあまり、止まってしまうだろう。
 安らかに眠ってはいても、やはり母の顔色はすごぶる悪かった。血の気が殆どなく、蝋のように真っ白だ。その顔がごく自然に、愛媛の祖母の死に顔と重なった。娘二人きりだった愛媛の祖母の家には、今は誰も住む人がおらず、荒れるに任せている。
 それでも、母は一年に一度は愛媛に戻り、まだ無人の家にある仏壇を拝み、近くの一族の墓詣でを欠かさなかった。母の身体が心配なので、大抵は由梨亜も同行している。
 母はどちらかといえば祖母似で、儚げな美人である。叔母は由梨亜が顔も見たことのない祖父に似ているといい、姉妹はあまり似てはいない。
 今、蒼白い顔で点滴と心電図の管に繋がれた母は、朧な記憶にある祖母の旅立ったときの顔とそっくりに思える。
 ふいに、母がいつかはいなくなるのだ―という厳しい現実が由梨亜の前に立ちはだかった。そう、今も、このときを乗り越えたとしても、この先、幸いにして天寿をまっとうしたとしても、母が由梨亜よりも前にいなくなることは変えようのない事実なのだ。
 お母さんがいなくなったら、私は一人ぼっちになるんだわ。
 突如として浮かび上がってきた想いは、由梨亜を震撼とさせた。
―女は死に場所を作っておかないと駄目だよ。
 母が由梨亜に強く結婚を勧める理由がひしひしと身に迫った。このまま結婚もせずに独身を貫き、やがて母までもが逝けば、由梨亜は本当に一人になってしまうのだ。

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