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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第4章 ★惹かれ合う心たち★

★惹かれ合う心たち★

 三鷹が出勤した後、由梨亜もまた時を経ずしてマンションを出た。ここからN病院までは歩いてもせいぜいが五分程度である。
 三階の病室に行くと、母の姿は見当たらなかった。俄に不安になり、慌てて病室を飛び出すと、三階のナースステーションに駆け込んだ。
「済みません。三百一号室の城崎ですが、母が病室にいません」
 まだ外来も始まる前の時間のせいか、ナースステーションには三人の看護士たちの姿が見えるだけである。
 その中の年嵩の若い看護士からは〝主任〟と呼ばれている女性が顔を上げた。
「あなたは城崎さんの娘さん?」
「あ、はっ、はい。おはようございます」
 慌てて頭を下げる。
 母とほぼ同年配の主任看護士が微笑んだ。
「黒住さん、さっき朝の巡回に回ったのは、あなただったわよね」
 傍らの三十過ぎの看護士に声をかけると、こちらも見憶えのある顔が由梨亜を見た。
「ああ、城崎さん、おはようございます。お母さんなら、確か二十分前の朝の検温のときには部屋にいらっしゃいましたよ」
「特に変わりはありませんか?」
「はい、回復の方も順調だし、かえって病院暮らしが退屈みたいで」
 その看護士は明るい笑顔で言い添えた。
 由梨亜は礼を述べ、また母の病室に引き返した。ノックもせずにドアを開ける。
「あら、もう来たの?」
 母はちゃんとベッドに座って、文庫本をひろげているところだった。
「何が、〝もう来たの〟よなの。少し良くなったからといって、ふらふらと歩き回っちゃ駄目じゃない」
 由梨亜が怖い顔で言うのに、母は笑った。
「だって、何かしてでもいなけりゃ、退屈でそれこそ死にそうなのよ。だから、一階の売店まで本でも買いにいったの」
 呑気な口ぶりは入院しているというよりは、旅館にでも泊まっているかのようである。
「呆れた。私はこんなに心配してるのに」
 由梨亜は首を振り、ベッド脇の丸椅子を引き寄せて座った。
「そろそろ行かなくちゃ、会社に遅刻するよ」
 指摘され、初めて由梨亜は気づいた。母はまだ由梨亜が退職したことを知らないのだ。

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