偽装結婚~代理花嫁の恋~
第4章 ★惹かれ合う心たち★
「花束っていえばねぇ」
と、母がいささか困惑気味に言った。
「どうかしたの?」
部屋のドアを開けた途端、洗面台の側にあるキャスターつきのテーブルが眼に入った。その上に大人でも両腕で抱えるのが精一杯であろうかというような大きな花かごがのっている。
「さっきは判らなかったわ」
もぬけの殻のベッドを見ただけで、ろくに室内を見てはいなかったからだ。
「こんな立派な花かごが届いたものだから、私はもうびっくりしてねぇ」
由梨亜は花かごについている小さなカードを開いた。淡いピンクのカードには手書きで、〝一日も早いご快癒を祈ります。 M.H〟と記されている。男性らしいのびやかな手蹟でありながら、流麗な文字だ。
バスケットには数十本の色とりどりの薔薇とカーネーションがふんだんにあしらわれていた。これだけで一万円以上はするだろう。
見舞いの品は何も立派だとか金をかけるだけがすべてではない。由梨亜の感覚からすれば、見舞いの花かごにこれほど豪華なものを贈るというのは信じられず、常識外れとしか思えなかった。
そして、このバスケットを贈ってきたのがそも誰かなのか。予測はついた。
「一体、誰なのかしら。私にはまるで心当たりがないんだよ」
探るような視線に、由梨亜は微笑む。
「私にも判らないわ。誰なのかしらね」
由梨亜は持参した花瓶に向日葵と紫陽花を活けながら、この花たちを棄ててしまいたい衝動と闘った。
売店で見たときは深い海色の紫陽花と眼にも鮮やかな黄色の向日葵がとても美しく見えたのに、あの三鷹の贈ってきた豪奢な花かごの前では、随分と貧相に思えた。何故か、こんな小さな花束を嬉々として買ってきた自分がとても惨めに感じられてならなかった。
三階の窓からは、四角い窓枠が暮れなずむ空をまるで一つの絵のように切りとっている。淡いパープルから徐々に紺青に染まってゆく空を背景に、明かりの灯(とも)り始めた町がひろがっていた。
あの明かりの数だけ、家があり、人の営みがある。なのに、今や由梨亜の帰るべき場所はあの中のどこにもない。
と、母がいささか困惑気味に言った。
「どうかしたの?」
部屋のドアを開けた途端、洗面台の側にあるキャスターつきのテーブルが眼に入った。その上に大人でも両腕で抱えるのが精一杯であろうかというような大きな花かごがのっている。
「さっきは判らなかったわ」
もぬけの殻のベッドを見ただけで、ろくに室内を見てはいなかったからだ。
「こんな立派な花かごが届いたものだから、私はもうびっくりしてねぇ」
由梨亜は花かごについている小さなカードを開いた。淡いピンクのカードには手書きで、〝一日も早いご快癒を祈ります。 M.H〟と記されている。男性らしいのびやかな手蹟でありながら、流麗な文字だ。
バスケットには数十本の色とりどりの薔薇とカーネーションがふんだんにあしらわれていた。これだけで一万円以上はするだろう。
見舞いの品は何も立派だとか金をかけるだけがすべてではない。由梨亜の感覚からすれば、見舞いの花かごにこれほど豪華なものを贈るというのは信じられず、常識外れとしか思えなかった。
そして、このバスケットを贈ってきたのがそも誰かなのか。予測はついた。
「一体、誰なのかしら。私にはまるで心当たりがないんだよ」
探るような視線に、由梨亜は微笑む。
「私にも判らないわ。誰なのかしらね」
由梨亜は持参した花瓶に向日葵と紫陽花を活けながら、この花たちを棄ててしまいたい衝動と闘った。
売店で見たときは深い海色の紫陽花と眼にも鮮やかな黄色の向日葵がとても美しく見えたのに、あの三鷹の贈ってきた豪奢な花かごの前では、随分と貧相に思えた。何故か、こんな小さな花束を嬉々として買ってきた自分がとても惨めに感じられてならなかった。
三階の窓からは、四角い窓枠が暮れなずむ空をまるで一つの絵のように切りとっている。淡いパープルから徐々に紺青に染まってゆく空を背景に、明かりの灯(とも)り始めた町がひろがっていた。
あの明かりの数だけ、家があり、人の営みがある。なのに、今や由梨亜の帰るべき場所はあの中のどこにもない。