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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第4章 ★惹かれ合う心たち★

 マンションに帰れば、また三鷹との生活が続いてゆく。あれほど約束したのに、彼は何かといえば由梨亜に触れようとしてくる。
 たとえ遊び半分の行為にしても、由梨亜はその度に心をかき乱されるのだから、たまったものではない。それに、心のどこかでは三鷹を怖れる気持ちもあった。
 昨夜の情熱的なキスはどこまでも官能的で、由梨亜が今まで感じたことのないような未知の感覚を呼び覚ますものだった。舌を絡め合い、吸い上げられてゆく度に、得体の知れない妖しい震えが四肢を駆け抜けて下腹に溜まってゆくような不思議な気持ちになった。
 もしかしたら、突然、襲いかかられたという事実よりも、三鷹が仕掛けてくる行為で自分が変わってゆく―知らなかった感覚を呼び起こされ、引き出される方が怖いのかもしれない。
 もちろん、自分の意思を無視して、無理強いしようとする三鷹の行為そのものも許せないし、怖い。昨夜はあそこまでで彼が思いとどまってくれたから良いようなものの、いつまた彼が理性を失うかは判らない。あらゆる意味で、この偽装結婚が自分にとっては大変危ういものだとの自覚は強まるばかりだ。
 こんな状態で、彼との生活を続けても良いのだろうか。
 これから先を考えれば、こんなことはすぐに止めるべきだと判りきっていた。偽装結婚なんて、誰が聞いても尋常ではない。分別ある人であれば、必ず断る類の話に相違ない。
 なのに、判っていながら、止められない自分がいる。そう、自分は他ならぬ彼と一緒に―三鷹の側にいたいのだった。偽装結婚に終止符を打つことは、即ち彼との別離を意味するから。
 だからぐずぐずと結論を出すのを先のばしにしているにすぎない。お金が必要だとか仕事が見つからないというのは所詮、自分の本心をごまかすための方便だ。
 母の入院費用くらいなら、貯金で何とか賄えるはずだし、これから贅沢を言わなければ、仕事を見つけることは不可能ではない。元々、母娘二人の慎ましい暮らしだから、贅沢をしなければ、由梨亜の稼いでくるお金だけで何とかはやってゆけるはずだ。
 今日の昼間、彼には好きな男はいないと告げた。それは真実だ。しかし、もしかしたら、自分はあの男を―飄々としたお調子者の下に別の顔を隠し持っている得体の知れない男を好きになり始めているのかもしれない。

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