偽装結婚~代理花嫁の恋~
第5章 ★ 逢瀬 ★
三鷹との待ち合わせ時間は四時半である。場所はN駅前の喫茶店だ。そう、あの童話めいた小さな建物―、三鷹との出逢いは実はあの場所から始まったのだ。由梨亜が会社をクビになったその日、失意のまま歩道を歩いていたら、風にビラが飛ばされてきた。
そのビラに模擬披露宴の新郎新婦役募集が書かれていた。職探しに困り切っていた由梨亜は、てっとり早く現金収入を得るために代役の花嫁を務めることを決意したのだった。
あれからまだほんの一ヶ月しか経ってはいないのに、もう十年くらい経ったような気がする。いや、恐らく由梨亜にとっては本当に十年分にも相当する時間なのだろう。
最愛の男と過ごす、二度と戻らない大切な時間。気の遠くなるような長い生涯の中で束の間の至福の時。
こんなに大好きなのに。
いずれ自分は彼から離れなければならない。
そう思うと不覚にも涙が溢れそうになる。
いけない、こんな調子では駄目だ。由梨亜は零れ落ちそうになった涙をまたたきで散らした。
と、突如として頭上から声が降ってきた。
「城崎さんですか?」
男性のものだが、大好きな三鷹ではなかった。慌てて顔を上げると、由梨亜は〝あ〟と小さく声を上げた。
「安浦先生」
長身で銀縁眼がねがよく似合う男は何と母の主治医安浦大胡(だいご)であった。悪魔的に美しいともいえる三鷹とはまた違った意味でイケメンである。知的なイメージが強く、どこか冷たい印象を与える場合もあるが、患者の立場になって物を考えることのできる医師だ。
安浦医師が母の担当になってから、数年になる。母も由梨亜も彼には全幅の信頼を置いていた。
由梨亜は立ち上がり、丁重に頭を下げた。
「母がいつもお世話になっています」
「まあ、座って下さい」
安浦医師に勧められ、由梨亜は再びテーブル席についた。彼もまたテーブルを挟んで向かいに座る。
「泣いていたんですか?」
安浦医師は由梨亜の眼に滲んだ涙をめざとく見つけたようだ。由梨亜はハッとして、手のひらで目尻をこすった。
「いえ、ちょっと眼にゴミが入っただけですから」
由梨亜は微笑んだ。
そのビラに模擬披露宴の新郎新婦役募集が書かれていた。職探しに困り切っていた由梨亜は、てっとり早く現金収入を得るために代役の花嫁を務めることを決意したのだった。
あれからまだほんの一ヶ月しか経ってはいないのに、もう十年くらい経ったような気がする。いや、恐らく由梨亜にとっては本当に十年分にも相当する時間なのだろう。
最愛の男と過ごす、二度と戻らない大切な時間。気の遠くなるような長い生涯の中で束の間の至福の時。
こんなに大好きなのに。
いずれ自分は彼から離れなければならない。
そう思うと不覚にも涙が溢れそうになる。
いけない、こんな調子では駄目だ。由梨亜は零れ落ちそうになった涙をまたたきで散らした。
と、突如として頭上から声が降ってきた。
「城崎さんですか?」
男性のものだが、大好きな三鷹ではなかった。慌てて顔を上げると、由梨亜は〝あ〟と小さく声を上げた。
「安浦先生」
長身で銀縁眼がねがよく似合う男は何と母の主治医安浦大胡(だいご)であった。悪魔的に美しいともいえる三鷹とはまた違った意味でイケメンである。知的なイメージが強く、どこか冷たい印象を与える場合もあるが、患者の立場になって物を考えることのできる医師だ。
安浦医師が母の担当になってから、数年になる。母も由梨亜も彼には全幅の信頼を置いていた。
由梨亜は立ち上がり、丁重に頭を下げた。
「母がいつもお世話になっています」
「まあ、座って下さい」
安浦医師に勧められ、由梨亜は再びテーブル席についた。彼もまたテーブルを挟んで向かいに座る。
「泣いていたんですか?」
安浦医師は由梨亜の眼に滲んだ涙をめざとく見つけたようだ。由梨亜はハッとして、手のひらで目尻をこすった。
「いえ、ちょっと眼にゴミが入っただけですから」
由梨亜は微笑んだ。