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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第5章 ★ 逢瀬 ★

 そこで若いウェイトレスが注文を取りにきて、安浦医師はホットコーヒーを注文した。
 由梨亜の前には半分ほど減ったアイスティーが置いてある。氷も溶けて、かなり薄くなっていた。
 ウェイトレスが去ってから、安浦医師はいつもの生真面目な表情を崩さずに言った。
「今度のことでは、娘さんも大変でしたね」
 彼はどうも涙の原因は母のことだと思い込んだらしい。
「お陰さまで、母も日増しに元気になっていっているようですし」
 無難な応えを返すと、安浦医師は少し躊躇った様子を見せてから切り出した。
「一度、娘さんの方にお話ししておかなければならないと思っていました」
 刹那、胸が騒いだ。
「あの―、母の具合は思わしくないのでしょうか? 三日前にお聞きしたときには、順調だということで、ひと安心していたのですが」
 ともすれば声が震えそうになるのを堪えて、それでも勇気を振り絞って問うた。
「ああ、そんなに顔色を変えないで下さい。何も今すぐにどうこうという問題ではないのです。ただ―」
 医師はまたここで言葉を濁した。
「先生。何でもおっしゃって下さい。母は私にとって、たった一人の身内です。たとえ、どんなことでも真実は知っておくべきだし、私は母のためにできることがあれば何でもしてあげたいんです」
 安浦医師は幾度も頷いた。
「お母さんの病状は予想外に好転しています。私も愕いているほどなんですよ。ただ、それは今、使用している薬が城崎さんには大変合っているからだと考えられるのですが、以前にも申し上げたように、この薬はかなり強いもので、様々な副作用も出やすいんです」
「では、副作用が出始めているのですか」
「残念ながら、そうとしか言いようがない状態ですね。この薬の副作用としては目眩とかふらつきが主な症状なのですが、稀には血圧が急上昇することもありまして。城崎さんの血圧は服用前までは安定していたのに、今朝の段階では下の最低血圧が一〇〇を越えていました。少し危険な状態になりつつあるといえます」
 由梨亜は声を震わせた。
「では、先生。母はこれから、どうなるのですか?」
 医師は沈痛な面持ちでわずかに首を傾げた。

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