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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第5章 ★ 逢瀬 ★

 少し開いた襟元には三鷹が誕生日にくれたルビーのネックレスが控えめに輝いていた。七月生まれの由梨亜の誕生石をわざわざ三鷹は選んで贈ってくれたのだ。
 少し伸びたショートボブとその清楚なワンピース姿はよく似合い、由梨亜の可憐な印象を際ただせていた。安浦医師はいつも病院に来る地味なスーツ姿の由梨亜しか見ていない。
「いや、こんなことを申し上げるのは失礼ですが、いつもの通勤着とは随分と印象が違いますね。女性はメイクやファッションで相手に与える印象が別人のように違ってくるというが、どうやら本当のようだ」
 安浦医師は三十代前半、独身だという。知的なハンサムであり、将来を嘱望されている優秀な医師であることから、若い看護婦たちにも絶大な人気を誇っているらしい。―と、これは噂好きな母が入院中にできた友達から仕入れてきた情報だ。
「どうです、一度、食事でもご一緒しませんか?」
 え、と、由梨亜は眼を見開いて安浦医師を見つめた。
 その愕きぶりに、安浦医師は破顔した。笑うと、クールな印象がかなりやわらいで、若々しく見える。
「愕くのも当然ですよね。僕も―こういうのをナンパというんですか? 女性をこうもあからさまに誘ったのは初めてのことです。もちろん、今のお誘いはあくまでも一人の男として魅力的な女性に対する申し込みであって、医師の立場とは全く関係ありません」
 見るからに真面目そうな医師から出た〝ナンパ〟という言葉は、いかにも不釣り合いに聞こえる。由梨亜の愕きはすぐに笑い出したい衝動に変わった。
 もちろん、そんな失礼な態度を取るはずもなく、気持ちを表に出さないだけの分別もある。
「申し訳ありません。折角なのですが―」
 幾ら医師としての立場は関係ないとは言われても、母の担当医である。この先、気まずい関係になっては困るので、由梨亜はできるだけ丁重に断るつもりであった。
 言いかけた時、ふいにテーブル横に誰かが立った。
「失礼」
 由梨亜は唖然として声の主を見た。
 三鷹が澄ました顔で立っている。今日は彼も流石にTシャツとジーパンではない。

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