偽装結婚~代理花嫁の恋~
第5章 ★ 逢瀬 ★
泣き出した由梨亜を三鷹は困ったように眺めている。二人が立っているのは大勢の人が行き来する駅前の歩道だ。
ちょうど三時頃まで降っていた雨のせいで、アスファルトはまだ濡れていた。
何事か―カップルが揉めているのかと興味津々で通り過ぎてゆく人も少なくはなかった。
「あーあ、また泣かせちゃったな、俺」
三鷹は由梨亜の肩を抱くと、躊躇いがちに引き寄せた。
「君が泣き止むためには、俺はどうすれば良いのかな? あのいけ好かないドクターの前で三回回ってワンと啼けというのなら、そうするよ」
「馬鹿。こんにときまで冗談言って」
由梨亜は泣きじゃくりながら言った。
「本当は三鷹さんが悪いんじゃないって判ってるわ。三鷹さんは初めは礼儀をわきまえて先生に話しかけたのに、先生の方があなたを無視したのよ。それで、あなたが余計に怒ったのも知ってる。でも、あの人は母の主治医だから―」
「ああ、もう判ったから、泣くなよ。明日の朝いちばんに、俺があいつのところに謝りに行くから。ああいう呆れるくらい気位の高い連中は頭を下げてやれば、割とすんなりと機嫌を直すものさ。俺の親父があのタイプだから、操縦法は心得てる」
三鷹は由梨亜の背中をあやすように撫でながら言った。
抱き合う二人の傍らを女子高生の数人組がちらちらと眺めながら通り過ぎていく。
「三鷹さんは本当に―それで良いの?」
三鷹もまた侮辱されたのだ。なのに、安浦医師に頭を下げるというが、それで彼の心はおさまるのだろうか。
「構わない。それで、君の気持ちが落ち着くなら、俺はどんな嫌なヤツにも頭を下げるさ。嫌なヤツに頭を下げるときには、心の中でこう言いながら頭を下げるんだよ。〝馬鹿野郎、豆腐の角に当たって死んじまえ〟」
「三鷹さんったら」
由梨亜がクスリと笑みを洩らしたのに、三鷹は溜息をついた。
「本当にもう忙しい奥さんだなぁ。怒ったかと思えば泣くし、泣いてると思えば笑うし。俺は正直、あのドクターに頭を下げるより、由梨亜ちゃんの機嫌を取る方が骨が折れるよ」
ちょうど三時頃まで降っていた雨のせいで、アスファルトはまだ濡れていた。
何事か―カップルが揉めているのかと興味津々で通り過ぎてゆく人も少なくはなかった。
「あーあ、また泣かせちゃったな、俺」
三鷹は由梨亜の肩を抱くと、躊躇いがちに引き寄せた。
「君が泣き止むためには、俺はどうすれば良いのかな? あのいけ好かないドクターの前で三回回ってワンと啼けというのなら、そうするよ」
「馬鹿。こんにときまで冗談言って」
由梨亜は泣きじゃくりながら言った。
「本当は三鷹さんが悪いんじゃないって判ってるわ。三鷹さんは初めは礼儀をわきまえて先生に話しかけたのに、先生の方があなたを無視したのよ。それで、あなたが余計に怒ったのも知ってる。でも、あの人は母の主治医だから―」
「ああ、もう判ったから、泣くなよ。明日の朝いちばんに、俺があいつのところに謝りに行くから。ああいう呆れるくらい気位の高い連中は頭を下げてやれば、割とすんなりと機嫌を直すものさ。俺の親父があのタイプだから、操縦法は心得てる」
三鷹は由梨亜の背中をあやすように撫でながら言った。
抱き合う二人の傍らを女子高生の数人組がちらちらと眺めながら通り過ぎていく。
「三鷹さんは本当に―それで良いの?」
三鷹もまた侮辱されたのだ。なのに、安浦医師に頭を下げるというが、それで彼の心はおさまるのだろうか。
「構わない。それで、君の気持ちが落ち着くなら、俺はどんな嫌なヤツにも頭を下げるさ。嫌なヤツに頭を下げるときには、心の中でこう言いながら頭を下げるんだよ。〝馬鹿野郎、豆腐の角に当たって死んじまえ〟」
「三鷹さんったら」
由梨亜がクスリと笑みを洩らしたのに、三鷹は溜息をついた。
「本当にもう忙しい奥さんだなぁ。怒ったかと思えば泣くし、泣いてると思えば笑うし。俺は正直、あのドクターに頭を下げるより、由梨亜ちゃんの機嫌を取る方が骨が折れるよ」