
偽装結婚~代理花嫁の恋~
第5章 ★ 逢瀬 ★
女性はフランス人形を彷彿とさせる金髪、蒼い瞳の大きな人形を後生大切そうに抱いていた。
「広澤さん。息子さんが来てくれたわよ」
車椅子を押している中年の介護士が大きな声で告げた。仕事柄もあるのだろうが、恰幅がよく、頬の紅い健康そうな女性である。
由梨亜は三鷹の様子を窺った。
「ムスコ、キタ。ムスコ、キタ。ムスコッテダアレ?」
まるでロボットが喋るような口調で車椅子の女性が口にする。
三鷹はしゃがみ込み、女性と同じ眼線の高さになった。
「芙美子さん、また来たよ。今度は随分と待たせたね。仕事の方が忙しくて、なかなか来られなかったんだ」
三鷹のこんな思いやりに満ちた優しげな声は聞いたことがなかった。
「じゃあ、お願いしますね」
赤ら顔の介護士が三鷹に微笑みかけ、三鷹は頷いた。
「判りました。一時間ほど近くを散歩してから帰ってきます」
「行ってらっしゃい」
介護士はにこやかに手を振り、廊下を元来た方へと戻っていった。
「芙美子さん、少し散歩しようか」
三鷹は女性に話しかけ、車椅子を押して歩き始める。由梨亜は二人の少し後に続いた。
少し歩くと、クリニックの庭に出た。芝生が一面に植わっており、花壇には向日葵の花が咲いている。ここからの眺めは完璧だった。
まるで一枚の絵画のように、蒼い海がはるか彼方に横たわっている。白いカモメが点景となって天高く飛翔していた。梅雨明けはまだだが、今日はよく晴れている。どこまでも涯(はて)なく続く蒼穹と海が渾然一体となり、水平線の区別がつかないほどだ。
三鷹は最も眺望の良いと思われる場所に車椅子を止めた。
由梨亜は二人の背後からそっと訊ねた。
「この方が三鷹さんのお母さま?」
三鷹は頷き、再びしゃがみ込んで女性の顔を覗き込んだ。
「芙美子さん、俺さ、嫁さんを貰ったんだ。凄い可愛い子だよ。芙美子さんは娘を欲しがってたから、きっと気に入ると思って連れてきたんだ」
お下げ髪の女性―三鷹の母が虚ろな眼をかすかに動かした。
「広澤さん。息子さんが来てくれたわよ」
車椅子を押している中年の介護士が大きな声で告げた。仕事柄もあるのだろうが、恰幅がよく、頬の紅い健康そうな女性である。
由梨亜は三鷹の様子を窺った。
「ムスコ、キタ。ムスコ、キタ。ムスコッテダアレ?」
まるでロボットが喋るような口調で車椅子の女性が口にする。
三鷹はしゃがみ込み、女性と同じ眼線の高さになった。
「芙美子さん、また来たよ。今度は随分と待たせたね。仕事の方が忙しくて、なかなか来られなかったんだ」
三鷹のこんな思いやりに満ちた優しげな声は聞いたことがなかった。
「じゃあ、お願いしますね」
赤ら顔の介護士が三鷹に微笑みかけ、三鷹は頷いた。
「判りました。一時間ほど近くを散歩してから帰ってきます」
「行ってらっしゃい」
介護士はにこやかに手を振り、廊下を元来た方へと戻っていった。
「芙美子さん、少し散歩しようか」
三鷹は女性に話しかけ、車椅子を押して歩き始める。由梨亜は二人の少し後に続いた。
少し歩くと、クリニックの庭に出た。芝生が一面に植わっており、花壇には向日葵の花が咲いている。ここからの眺めは完璧だった。
まるで一枚の絵画のように、蒼い海がはるか彼方に横たわっている。白いカモメが点景となって天高く飛翔していた。梅雨明けはまだだが、今日はよく晴れている。どこまでも涯(はて)なく続く蒼穹と海が渾然一体となり、水平線の区別がつかないほどだ。
三鷹は最も眺望の良いと思われる場所に車椅子を止めた。
由梨亜は二人の背後からそっと訊ねた。
「この方が三鷹さんのお母さま?」
三鷹は頷き、再びしゃがみ込んで女性の顔を覗き込んだ。
「芙美子さん、俺さ、嫁さんを貰ったんだ。凄い可愛い子だよ。芙美子さんは娘を欲しがってたから、きっと気に入ると思って連れてきたんだ」
お下げ髪の女性―三鷹の母が虚ろな眼をかすかに動かした。
