偽装結婚~代理花嫁の恋~
第5章 ★ 逢瀬 ★
三鷹はまたひっそりと笑う。
「俺は親父じゃなくてお袋に似てるんだ。物心ついたときから、皆に言われてきたよ」
「でしょうね」
三鷹は緩くかぶりを振った。
「お袋がこんなになってしまったのは、あついのせいだ」
「あいつ?」
「親父だよ。親父がこの人をここまで追いつめたんだ。現(うつつ)と夢の判別さえつかないところまで」
由梨亜が黙っていると、三鷹は視線を遠い海に戻し、彼の母がここに来るまでの経緯を話し始めた。
「親父は根っからの仕事人間でね。まあ、そういえば聞こえは良いが、現実は全く家庭を顧みようとしない夫だった。典型的な亭主関白というのか、横暴でワンマンで、女なんてものは男のために生まれて生きているようなものだと本気で信じてるような時代錯誤な男なんだ」
彼の口ぶりから、三鷹が父親についてけして良くは思っていない―むしろ憎んでいることは窺えた。
三鷹は淡々と語る。それはまるで他人事か小説を朗読するような感じだ。
三鷹の父は仕事一辺倒だけではなかった。家庭を顧みないくせに、外に愛人を作り、殆どの時間を愛人の許で過ごした。
「母が俺に隠れて泣いていた後ろ姿はいまだに忘れられない」
振り絞るような口調に、彼の長年の孤独と悲哀が滲んでいた。
三鷹の母はその中、次第に精神に変調を来すようになった。それでも、まだ気丈に己れを保とうとしていたのが、ある日、突然、細い糸がプツリと音を立てて切れた。
「親父の愛人が妊娠したという噂が母の耳に入ったんだ」
「―それはショックだったでしょうね。女なら、許せないし酷く哀しいことだわ。噂は本当だったの?」
三鷹は相変わらず海に向けている眼をかすかに眇めた。
「残念ながら真実だった。愛人は女児を産み、父は歳取ってからできた娘を狂ったように溺愛した。俺が大学一年のときのことだよ」
あまりに父親が愛人の生んだ娘を可愛がるので、当時は誰もが広澤家の財産や家督を父親がその脇腹の娘に譲るのではないかと勘繰ったという。
「俺は親父じゃなくてお袋に似てるんだ。物心ついたときから、皆に言われてきたよ」
「でしょうね」
三鷹は緩くかぶりを振った。
「お袋がこんなになってしまったのは、あついのせいだ」
「あいつ?」
「親父だよ。親父がこの人をここまで追いつめたんだ。現(うつつ)と夢の判別さえつかないところまで」
由梨亜が黙っていると、三鷹は視線を遠い海に戻し、彼の母がここに来るまでの経緯を話し始めた。
「親父は根っからの仕事人間でね。まあ、そういえば聞こえは良いが、現実は全く家庭を顧みようとしない夫だった。典型的な亭主関白というのか、横暴でワンマンで、女なんてものは男のために生まれて生きているようなものだと本気で信じてるような時代錯誤な男なんだ」
彼の口ぶりから、三鷹が父親についてけして良くは思っていない―むしろ憎んでいることは窺えた。
三鷹は淡々と語る。それはまるで他人事か小説を朗読するような感じだ。
三鷹の父は仕事一辺倒だけではなかった。家庭を顧みないくせに、外に愛人を作り、殆どの時間を愛人の許で過ごした。
「母が俺に隠れて泣いていた後ろ姿はいまだに忘れられない」
振り絞るような口調に、彼の長年の孤独と悲哀が滲んでいた。
三鷹の母はその中、次第に精神に変調を来すようになった。それでも、まだ気丈に己れを保とうとしていたのが、ある日、突然、細い糸がプツリと音を立てて切れた。
「親父の愛人が妊娠したという噂が母の耳に入ったんだ」
「―それはショックだったでしょうね。女なら、許せないし酷く哀しいことだわ。噂は本当だったの?」
三鷹は相変わらず海に向けている眼をかすかに眇めた。
「残念ながら真実だった。愛人は女児を産み、父は歳取ってからできた娘を狂ったように溺愛した。俺が大学一年のときのことだよ」
あまりに父親が愛人の生んだ娘を可愛がるので、当時は誰もが広澤家の財産や家督を父親がその脇腹の娘に譲るのではないかと勘繰ったという。